ぼくのなつやすみ

01.

「……雨だな」
「……うん、雨だね」
「……どう見ても雨だな」
 ざあざあと降りしきる水の恵み、アスファルトを叩くように激しいそれの波打つような模様を目の前にして、揃ってオレンジ色の傘を差した三人は、呪うように重苦しく空を覆う黒い雲を見上げた。
 関東では早々に梅雨明け宣言が出たというのに、常ならばそれより先に明けてしかるべきの彼らの領域では未だに梅雨前線が猛威をふるっている。
 立ち尽くす三人が身を包むのは、傘と同じオレンジの制服。詰襟のそれと明るい橙色のミスマッチも見慣れてしまえばどうということもなく、さらに着慣れてしまった三人にとっては更に今さら何の感慨も湧かない代物だったが。
 降りしきる雨は彼らの制服の裾をも濃い色に染め、更に上部へと浸食するかの如く強さを増してゆく。これでは明日の運行状況にも差し支えるかも知れないが、差し当たって彼らの懸念事項はそれが第一ではない。何といっても、アレだ。
「……上官の工場見学、今週末なのに〜!!」
 梅雨前線の馬鹿野郎!!と重苦しくたちこめる雨雲に向かって叫ぶ関西の声も空しく、白抜きのJRロゴが入った傘に落ちる雨音に掻き消されてしまう。此処のところ降ったと思えば青空が覗き、安堵すればすぐにまた日差しが陰り降りだす、という昨年のゲリラ豪雨の悪夢を彷彿とさせるような天候が続いている。幸いにして災害レベルまで深刻なわけではないが、通常ならば兎も角今は拙い。
 数日後に控えた浜松工場の公開日を、口どころか顔にも出さないがどれだけ自分たちの上官が楽しみにしているか、東海に属する者たちはみな知っている。普段は自身の収益と利便性の為に犠牲にされがちな小さな子供たちや家族連れにサービス出来る唯一の機会だ。普段は険しい表情しか浮かべない上官が、ふとした拍子に見せる笑顔が数割増しになるこの二日間に、その笑顔を曇らせるような要因は出来れば無い方がいい、と彼の部下全てが願っている。
 というのに、現状の通り天候は最悪。
 雨天の場合は中止も在り得る、というイベントにとって、こんな強い雨が当日も降るようならば致命傷だ。更に上官が遅延や運休を出すような強さになってしまえば、折角の笑顔が曇るどころか膝を抱えてしまいかねない。
「つーか、ホントKY過ぎだろこの雨。兄貴が何したって言うんだよ」
 どうせなら水不足の四国で降ってやれよ、と毒づく東海道の台詞は尤もだが、残念ながら九州・四国は更に酷い豪雨に見舞われているので、そっと肩を叩いた飯田がふるふると首を横に振る。
「東海道、それは言うな。あちらにはあちらの苦労もあるだろう」
「わかっちゃいるけどな、何もこの時期に……」
 がしがしと空いた左手で前髪を掻き混ぜる東海道の傍ら、見上げた空は相変わらずの雨模様だ。むしろここで降りきってしまえば週末は晴れてくれるだろうか、とぼんやりと考えながら、飯田は深いため息をひとつ。
 飯田にとってもこの年は佐久間レールパーク最後の年、ということもあって出来れば好天に恵まれて欲しい。二日間開催である事から一日は浜松工場、一日は佐久間、というプランを立てる鉄道ファンは毎年そこそこに居てくれるのだ。折角遠くから二時間も自分に乗ってきてくれたお客さんにがっかりした顔をさせたくはない。
 自分たち鉄道は天候を前に余りに無力で、地味に遅延を出しながら恨めしげに空を見上げるしか出来ないとは、常の上官からの恩をどうやって返せというのか。

 オレンジ色の傘を三つ並べた東海在来一同は示し合わせたように顔を合わせ、ひとつ頷く。現状で出来ることなんて、とりあえずひとつしかありはしないだろう。

「てるてる坊主だね」
「あと晴天祈願な」
「有名どころだと熱田と伊勢と……あと何処だ?」
「ばっか、浜松なら秋葉だろ!」

 JR東海在来線宿舎の窓という窓にてるてる坊主が吊るされ、管轄区域のありとあらゆる寺社の札やらお守りやらが並ぶまで、あと数時間。
 降り続く雨に濡れるのも厭わず、その発端となるべく三人は揃って宿舎へと駆け出した。

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2009.12.13.