ひよこ狂想曲オーケストラ
橙の章 「東海エリアから手紙を送ります」
本日晴天、気温も温暖。
雪の季節も遠く去り、梅雨のそれにはまだ遠い。良い季節だ。
この地域を走る上で唯一の懸念である風も今日は弱く、走るにはとても良い日だといえるだろう。
そんな事を何処か浮かれた気分で考えながら、JR東海所属・飯田線は相変わらず遠い上官のホームを己のそれからぼんやりと見つめていた。
時折無粋にも名鉄本線が視界を塞ぐ度に提げた鋼に手が伸びかけては慌てて自制する事を何度か繰り返しながらも、こうして己が上官の姿を遠目とはいえ眺めて居られる時間は、飯田に取って何よりの僥倖だ。
東京以西、東海道上官とほぼ路線を同じくする彼の弟・東海道線を羨まないと言ったら嘘になるが、それでも上官との接点が皆無ではない、というだけでも己は恵まれている部類に入る。
かの上官はその見上げる高架に等しく己らの高みにあり、その意思を以てある通りに誇り高く勤勉で在り続ける。それは己らJR東海の社名を背負う在来線一同にとっての幸福とも等符号で結ばれている。だからこそかの上官の無事、それを毎日こうして遠くからであろうとも確認できる、という己の位置を、飯田という名と複雑な歴史を持つ男は密かに満足していた。
停車する本数こそ少ないものの、軽やかに駆け抜けてゆく上官の姿を垣間見る事は飯田の起点駅ではそう難しくは無い。更に言うなら此処から名古屋へと向かう東海道と異なり、己のダイヤは余裕を通り越して閑散としているから、こうして過ごす事は飯田にとっては既に日常のひとつと言える。
こんな良い好天の日は、かの上官もきっとその白がよく映えるだろうと無意識に一文字に引き結んだ口元が綻ぶのに気付かぬまま、飯田は幾つかのホームを隔てた先、東海道新幹線のホームを見つめる。
折しも、そう数の無い「ひかり」がホームに入線しようとしているようだ。今日も狂いの無いダイヤをポケットの中から古びた懐中時計を取り出して確認しながら、そろそろ己の発車時刻も迫っているので踵を返そうとした、その時。
「……!」
遠目にも見間違う筈がない、濃緑色の制服。
真っ直ぐに伸びた背筋と、高らかな靴音を響かせるのが常の東海道上官が、もう一人の濃緑色の制服の人物――接点が無いので詳しくは無いが、陽光に反射する明るい色合いの髪は恐らく西日本の山陽上官だろう――に支えられるようにして、車両からホームに降りてゆく。
常からは考えられないような力ない、むしろよろめきがちな足取りで傍にあったベンチへと倒れ込むように座り、伏せた視線からは伺えないがきっと顔色は青いか白いに違いない。
東海道上官との接点が多い、という事は即ち無茶をしがちな彼の不調をもよく見る機会がある、という事に他ならない。
選択肢は、考えるまでもなくひとつしかない。
飯田は、手にしていた懐中時計を強く握り締めたまま、歩き出そうとしていたのとは真逆の方向へと駆け出した。このもどかしいほどの距離を忌々しく感じながら、階段を駆け上がり連絡通路をひた走る。呼吸すら忘れる動揺の中、改札の駅員に視線だけで了解を取り、改札機の横のスチール製の柵に手をかけひらりと飛び越えると、今度は階段を二、三段飛ばしながら駆け下りてゆく。
急く心のままに先ほどの「ひかり」が発車したばかりの静かなホームを走り、先ほど見たベンチの方向へと足を向ければ、聞き慣れた声が飯田の名を呼んだ。
「飯田!良かったおまえこっちに居たな!」
「東海道?!」
オレンジ色の制服を着た、上官に良く似た容貌の同僚――東海道が眉間に皺を寄せたまま、飯田の姿を見つけて駆け寄ってくる。
飯田のホームよりは東海道のそれの方が上官に近いが、己が此処にいることよりも東海道がいることの方が希少だ。僅かな疑問を以て眉根を寄せれば、本人の口から事も無しに『名古屋で兄貴がヤバそうだったから付いて来た』と事情が明かされた。
「本人は平気だって聞かねーし、まあ騙し騙しでも東京まで連れて行けるかと思ってたんだけどなあ」
「上官は大丈夫なのか、東海道」
「今は詰所、山陽サンが見ててくれてる。だけど俺も山陽サンも兄貴のフォローでずっとここには居られないから」
ぱん、と飯田の目の前で東海道の両手が合わされ、まるで拝むように此方を窺っている。この状況下で東海道の依頼したい事も己の返事も、九割方決定しているようなものだが。
「……東海道上官が自力で定刻通りに走行可能な状態に回復するまで、俺が傍について此処に留めればいいんだな?」
「話が早くて助かる。……こっちだ」
促されるままに、あまり立ち入った事のない関係者以外立ち入り禁止、と書かれた新幹線改札内の職員控え室へと足を踏み入れる。忙しくしている職員の脇をすり抜けるようにして、休憩所として区切られた一角のソファの上で、ぐったりと横たわる己の上官の姿を見つけて息を飲み込んだ。
「山陽サン!飯田捕まりましたんで、兄貴はコイツに頼みます」
東海道が呼びかけた事で、飯田はようやくその傍らに屈みこんでいた濃緑色の制服の高速鉄道の存在に気付く。東海道の声に振り向いた茶色の髪の彼は、少しばかり憔悴した表情を一瞬で押し隠し、苦笑交じりに肩を竦めて飯田へと視線を向けた。
「東海道の同僚だって?悪いけどコイツの事よろしく頼むな?」
深い声と、柔らかな印象を与える少し色素の薄い瞳。思ったよりも大柄な体躯は己の上官とは何もかもが違っていたけれど、その制服を纏う空気は何故だか良く似ている。
「Yes,山陽上官。この方は私にとってもかけがえのない上官ですから」
噂どおりにフレンドリーな物言いの彼に、けれども飯田は殊更に格式ばった返答を返していた。東海道が何かを言いたそうな表情で此方を窺っていたが、飯田は『上官』と親しくするような度胸もなければ覚悟も無い。
東海道の部下だもんな、とくしゃりと笑う西日本の上官は、それでも飯田の事を責めるでもなく真っ直ぐに背を伸ばし踵を返す。床材と靴底が立てるその音もまた、東海道上官のそれに似ている、と僅かに呆然とそれを見送りながら、飯田は小さく息を吐き出した。
「おまえって、ホント相変わらずな」
じとり、と東海道の責めるような眼差しが横から向けられたが、それには返事を返す事無く肩を竦める。何と言われようとも、飯田にとっての『上官』は、他ならぬ彼ひとりだけで構わないのだから。
「……まあいいや、俺も名古屋に戻るから、あと頼むな」
「ああ。何かあったら携帯に連絡する」
ひらり、と手を振ってその場を後にする東海道のオレンジ色の背中を先ほど山陽上官を見送ったのと同様に眺め、飯田はそっと傍らのパイプ椅子に腰を下ろした。
見下ろした先の東海道上官の顔色は悪く、苦しげに寄せられた眉間の皺が痛々しい。
しかし、このような上天気の、風もけっして強くない日にかの上官を悩ませるようなものがあったろうか。
事故や災害の報告もないようだし、と首を傾げる飯田は、目の前の上官をここまで追い込んだ理由へと想いを馳せ、そっと痛々しいほど白い額に浮かぶ汗を拭った。
■ ■ ■
一方その頃、新大阪。
「……私に何か用でもあるのか、小動物」
誰に対しても平等に見下すような態度を崩す事無く、かつて『つばめ』を名乗った元特急、そして今は九州新幹線の名を持つ男は、己の足元に寄って来たちいさなひよこへと声をかけた。
黄色い、まるっこいひよこが二羽。僅かに大小はあるようだが、外見は非常に良く似ている。どこかで見覚えがあるような、と己の記憶を浚うように眼鏡を押し上げる九州の足元で、そんな思考など知るはずもないひよこたちは「ぴい!」と高い声で小さく鳴いている。
かつて鳥の名を持っていたとはいえ、別に鳥語が話せるわけでもない九州にはひよこの意図は全くわからない。というか、意志の疎通をする気が最初から存在しないので、付いて来ないようにしたい、というのが素直な本音だ。
山陽区間への乗り入れを間近に控え、現状視察も兼ねて訪れてみたのだが、こんな小動物に足止めを食らうのは想定外だ。常に己の価値観の中でのみ生きている九州にとって非常にまれな事に、この状況をどうすべきか判断に迷っていた。
はて、と腕を組んだまま視線を巡らせれば、東海道・山陽新幹線の名が刻まれた看板が目に入る。そう遠くない未来に此処に九州新幹線の名が入るかと思えば、感慨もひとしおだ。
全国制覇も遠くないな、と悦に入った思考がよぎったその時、ふと頭の中にひっかかるものを覚えて九州は片眉を跳ね上げる。
「ふむ……そういえば、はとのところのICカードはひよこだったか?」
堅苦しい外面に似合わず、甘いものや可愛いものが好きだった、九州にとって特別に感慨深いかつての同僚のことを思い出し、口角が釣り上がる。
あれは随分と此方を避けてくれているようだが、この駅に乗り入れるようになれば自ずと会わずにはいられまい。嫌いだ、と言葉に出さずとも全身が告げていた泣きそうな表情を思い出し、くつくつと喉の奥から笑いがこみ上げてくる。
常に崇拝を受け続けてきた九州にとって、あのように他と違う反応をする存在は面白くて仕方がない。そういう意味では此方にどうにか譲歩させよう、お互いの妥協点を見つけようと躍起になっている西日本のあの男も面白いが、あの殊勝な言葉を吐きながらその視線だけは拒絶を声高に叫んでいた、今は東海道を名乗るかつての同僚と過ごした時間ほど楽しいものは無かった。
既にひよこの事など忘れて過去の追憶に浸っていた九州の足元で、責めるようにひよこの小さなくちばしがスラックスの端を摘んで引く。
「なんだ、小動物」
「ぴぃ!ぴぴぃ!!」
己の思考を邪魔された事に僅かな不快を覚えながら、本格的に己に用があるらしいひよこ二羽を見下ろして、九州は眼鏡を押し上げる。
まあ、これがあれに連なるものだというのなら、多少の時間を割いてやるのも楽しくなるかも知れない。
「……よかろう、念入りに構ってやろうではないか」
ほかならぬ『はと』のところの小動物だからな、と薄く笑って、九州はひょい、と足元でちょろちょろしていたひよこたちを掬い上げる。ふわりとした羽毛の感触は、もう遠い過去になってしまった同僚の髪のそれに良く似ている。
今は遠くなってしまった彼との距離。否、ひょっとしたら最初から近くなどなかったのかも知れない。
それならそれで構わない、と九州は手の中のひよこを肩の上に乗せて、迷いのない足取りでホームを歩く。
高らかに響く、迷いのない力強い靴音。
その靴音は自分たちの主に良く似ている、と肩口で彼らにしかわからない言葉でひよこたちが囁いた事に気付かぬままに、九州はどこか楽しげな表情を浮かべ、今はまだ己の領域ではない駅の中枢部へと足を向けた。
■ ■ ■
東海道が名古屋にて彼以外には判別不可能な文字で記された書き置きに卒倒してから数刻。
ジュニアと二人東奔西走して、どうにか原因があの傍若無人なひよこたちにある事を突き止めたのは、もう日もとっぷりと暮れた頃のことだった。
「ええと、つまりはあのちっこいひよこどもは、東海道の為に九州に喧嘩を売りに行った、と?」
「そうらしいっすよ。この書き置きの解読結果が正しければ、ですけど」
今は東海道ジュニアの手に握られた紙片には、みみずがのたくったような文字を通り越して単なる記号とさえ読めないような何かがぐりぐりと書かれている。これが文字だ、と判別できたのは、ひとえに兄がこの脳みその容量が少なそうなひよこたちに、他のICカードのようにお使いを教えようと努力していたのを知るからに他ならない。
とりあえず文字の読み書きからだ、と根気よく教えていた兄の努力の甲斐あってか、とりあえず聞き取りと簡単な文章くらいならば読めるようにはなったらしい。
が、何せひよこである。文字を書く、というのはとてつもなくハードルが高かった。どんなに頑張っても謎の線の羅列にしかならず、お手本と実物を常に比べ見ていた兄と、時折兄の代わりに教えていた関西くらいしか正しく解読は不可能な物体を形成するのが精一杯だった。
「しかし関西はよく読めたなあ、こんな物体。つか、おまえさんはノータッチなのか、ジュニア?」
どちらかと言えばおまえの乗客がメインだろうに、と首を傾げる山陽に、ジュニアはそっと斜め下を見ながらぽつりと呟く。
「……そこは武士の情けで聞かないでやって下さい、山陽サン。ウチのひよこ係で誰が一番アレかって話になります」
「あー、うん。悪かった。それは俺が悪かった」
ひよこの教師をする=時間がある、という公式を思い浮かべた瞬間、山陽は心の中でそっと該当人物へと詫びを送る。これ以上は話題にすまい、と揃って心に決めて、ただでさえ早足のそれを更に駆け足直前まで早めた。
「まったタイミングが悪い事に、今日新大阪に九州のヤツが来てるんだわ。うまく擦れ違ってりゃいいけど」
「会ったとしてもバレてなきゃいいんですけどね。あの陰険眼鏡ならひよこ質に取って東海道乗り入れを提示する、くらいはやりかねませんよ!」
兄が大事で仕方無いこのブラコン弟にとって、己と関連が無い、むしろ敵意を持っている上官など所詮この程度の扱いである。果たして彼の路線をかの姉妹特急が走っていた頃はどうだったのだろう、と考えて、山陽は己の背筋を冷たいものが走るような錯覚を覚えた。
まさか血で血を洗う闘争の歴史とかあったりしないよな、とふるふると頭を振ると、慣れ親しんだ新大阪の上官詰所の粗末なドアを開けるべく、ノブに手を伸ばした。
「ようやく来たか、山陽新幹線。待ちくたびれたぞ」
傲岸不遜を音にしたらこうなるのではないか、と感じさせるような低い自信に満ちた声。傍らでジュニアの周囲の空気がぴきりと凍ったような錯覚に、もう山陽には声の主は誰か、などと考える気も失せている。
「えーと、九州?待ってたとはどういう……」
「はっ、愚問だな!私が居るのだから即ち貴様が居なくては用件が済ませられんだろうが」
機嫌を損ねると後が面倒臭いので、とりあえず下手に出て尋ねてみた山陽の問いかけを、九州は鼻で笑って斜め上方向に滑らせる。
分からない、相変わらずコイツの思考回路だけはわかる気がしない。ついでに言うと隣でジュニアがふるふる震えているので、早めにその用件とやらを片付けて下さい……!
そんな心底からの山陽の願いを、神様も薄情ではなかったのか聞き届ける気になったらしい。むんずと掴んだ何か黄色い物体を、山陽の手の中に無理矢理に押し込める。
「『はと』のところのひよこがうろちょろしていたのでな、念入りに構ってやったぞ。何、私とてかつての同室者に連なるものにかける情くらいは持ち合わせているからな」
「は、はあ、そうですか……」
何でもいいから早く帰ってくれ、と心の底から願う山陽の隣では、うっかり彼の兄関連でいろいろやらかした山陽に向けて手加減ナシのボディーブローを叩きこんでくれるジュニアが、その時の数倍危険なオーラを発して拳を握っている。
我慢して、ここは我慢して東海道本線!と呪文のように唱えながら、へらり、と若干失敗している感が否めない笑みを浮かべて、山陽は手の中の柔らかい毛玉……黄色い二羽のひよこを見下ろす。
ぴるぴると羽を震わせて満足そうに眼を細めている様子からは、特に何かされた様子は見受けられない。ただ、心なしかぽっこりと腹の辺りが膨らんでいることから察するに、何か食べ物でも貰って本当に念入りに構われてしまったらしい。
東海道が嫌いだと公言する九州に施されちゃったのは、東海道の逆鱗に触れるだろうか。しかしあれだけ心配して卒倒するくらいだ、無事ならばまあ、あの堅物的にもギリギリ許容範囲かなあ、だといいなあ、と幾分逃避気味な思考をする山陽の目の前で、九州はこれ見よがしに唇を歪め、眼鏡を押し上げる。
「九州と山陽の直通はもう直ぐだ。私が懐かしい顔を見るのを楽しみにしていると、あれに伝えておくといい」
「誰が今さら……っ!」
九州の言葉に、それまでどうにかギリギリに堪えていたのだろうジュニアが弾かれたように顔を上げる。山陽が知らない時間を知るのだろう彼らの間にある空気、その緊迫感に息さえ飲み込むのを躊躇われる。
「アンタが、アンタがあの頃兄さんに何をしてきたか、忘れたわけじゃないだろうに……!」
呪うような重苦しいジュニアの声をものともせずに、九州はその嘲笑うような表情を髪の毛一筋たりとも動かす事無く踵を返した。元よりあれが他人の悪感情を気にするような神経の持ち主ならば、東海道も山陽も苦労はしない。
伸びた背中、規則正しい足音。
それはきっと、今もなお彼の中に生きている、数少ないこのかつての特急からの伝承物だ。
ぎりぎり、とジュニアが歯を食いしばる音と、ぴい!と小さく鳴いたひよこの声がひどくミスマッチで、山陽はただ呆然とその背中を見送るより他に無い。
遠くなってゆく濃緑のそれに、一瞬だけ被った漆黒の幻影を振り払うように。山陽は手の中の温もりを少しだけ力を込めて包み込んだ。
――もう二度とこんな心臓に悪い真似はやめてくれ、と心の底から願いながら。
■ ■ ■
「あれ、TOICA?それお手紙?」
「「ぴい!」」
あの悪夢のような九州押し掛け事件から数日、今日も忙しい上官に代わってひよこたちの教育係を命じられた関西は、己が与えた覚えのない文章をがりがりと紙にえんぴつで書こうとしているのを見つけて首を傾げた。
東海道上官と自分以外には判別が出来ないらしいが、とりあえず関西の目には目の前の謎の記号は「しんちゃのおいしいきせつとなりました」から始まる時候の挨拶であることくらいは理解できる。
しかし、果たしてTOICAたちが手紙を出すような相手がいたかな?と首を逆方向へと傾げ、二羽で一本のえんぴつを支えるようにして、文字らしきものを書き綴る彼らを不思議そうに見やる。
「あ、でもそう言えばイコちゃんあたりと仲が良かったっけ?」
半分は西日本所属であるところの関西は、水色のカモノハシのことも良く知っている。読めるか読めないかはこの際置いて、まああの主に似て人の良いカモノハシならばこの手紙を無下にすることもないだろう。
ま、最悪俺が読んであげればいいもんね。
うんうん、と納得した様子で紙とえんぴつ相手に格闘するひよこを、関西は頬杖をついて見つめながら、己もまた業務日誌を書くべく手元の書類へとペンを走らせる。
だから、彼は気付く事はなかった。
その手紙の時候の挨拶の後に続いた内容が「きゅーしゅー、こないだはおかしありがとう」であり、「でもじょーかんいじめるのはよくない、すなおになれ」だったりしたことを。
そんなある意味恐怖の内容が綴られている事実に気づいたとしたら関西のキャパは確実にオーバーするので、ある意味幸福であったと言えない事もないのだが。
そしてこの手紙を九州が受け取ったか否か。
そしてその内容を解読できたか否かは、二羽のひよこと九州本人以外には、誰も知る術もなく。
ぴいぴいと声を掛け合いながら、ひよこたちはえんぴつを動かして紙の上に文字……だと思いたい何かを書き綴ってゆく。
今は怪しいひらがなが精一杯なひよこたちだけれど、勉強を教えている東海道上官はいつか二羽がお使いができるようになるまで努力する所存らしいので、いつか綺麗な漢字が書けるようになるかな、なるよね、と二羽は互いにしか通じない言葉で夢を描いた。
東海エリアから、ひよこが手紙を送ります。
……でも二羽はまだいろいろ勉強中なので、
ちゃんと読めるかどうかはわかりませんけど、ね?
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2010.05.25.(オフ本再録)