膝の上には白黒ペンギン。
 ポケットの中には黄色いひよこが二羽。
 ついでに足元には水色のカモノハシがぺたぺたと気の抜けた足音をさせながらまとわりついていたりする。


「何故……こんな状態に」


 ほとほと困り果てた表情で助けを求めるように周囲に視線を彷徨わせても、残念ながらそれに応えるべき人間は誰一人としてこの室内には存在しない。分かってはいたけれども酷く心細いこの状況に、東海道新幹線の名を冠する高速鉄道はただでさえ薄い肩をがっくりと落とした。
 東京駅の奥深く、高速鉄道と呼ばれるJR路線の中でも一握りしか存在しない上官職にあるものだけが常駐することを許された一室。常ならば数十年前とは違い自分だけでなく仲間たちが誰かしら居るのだが、今この瞬間に此処にいるのは自分ひとりだけ。
 つまりはこの言語の通じない生き物たちの只中、見動きすらままならないまま途方に暮れるしか選択肢は残されていない、ということと同義だった。
 ポケットにひよこが二羽、はまだいい。
 それはもはや東海道新幹線にとって甚だ心外な事ながら日常と化しており、また彼らの存在が行動を妨げる事は有り得ない。それでなくとも彼らは己の庇護下にある生き物だ。多少の悪戯も迷惑も此方の度量の範囲内だ。

 ……だが、他の二匹はどうなんだ。

 東日本と西日本、所属会社も違えば相互性もない在来線用ICカードキャラクターである彼らはあきらかに東海道と関連性など皆無に等しいのに、どうしてまた懐くんだこいつらは?!
 東海道の無言の困惑を知ってか知らずか、膝の上のペンギンは我が物顔で上機嫌に両手をばたつかせ、足元のカモノハシはどうやら座りの良い場所を見つけたらしく、東海道の足を背もたれにぺったりと腰を下ろした。
 余計に身動きのとりづらい状況に陥った高速鉄道の王様は、その普段の尊大かつ傍若無人な様子をひと欠片残さず取り落としたかのような揺らいだ眼差しで天井を仰ぐ。
 事の始まりは、なんだったろうか。
 三匹に好き放題に懐かれながら、東海道は虚ろな視線を天井に向けたままぼんやりと記憶を辿る。





 そう――あれは、確か。

遡る事数時間、この部屋に足を踏み入れた瞬間のことだった。


ひよこ狂想曲オーケストラ



緑の章 / 青の章 / 橙の章


2010.05.25.(オフ本再録)