04.divisionかもしれないinsidegame



「…何、コレ」
 通い慣れた工藤邸の門扉の前、住人の不精者具合の割には綺麗に掃除された(近所の奥さん有志によって定期的に清掃が住人に悟られぬように成されているらしい。見目の良い人間の丸々と太ったネコって偉大だ…)そこに、何かよくわからない物体が転がっている。

 一言で言うと、なんというか…黒い。

 はてこんなものが此処に落ちている理由はなんだろうと首を傾げながら、黒羽快斗はこれまた慣れた手付きで門を開け、玄関へと足を向けた。
 のだが。
「おわっ!!」
 くんっ、と足を取られかけた気配。実際に服や肌に触れられる前に避けはしたが、それでも何かよくわからない物体に足首を捕まれそうになったという事態は、時間が昼間であっても十分にホラーだ。
 ぎょっとして振り返った快斗の足元で、ぴくぴくしている黒い物体。
 動いているところをみるとどうやらイキモノであるらしいが、どうにもズタボロっぽくて形の判別が難しい。
 とりあえずこんな不審物体を放置すると住人の評判に関わるかと思い、自主的に廃棄すべきかなあと爪先で軽く蹴りをいれてみる。
「…ぉ、」

 しゃべった。
 一応人の言葉っぽい。

 と言う事はこれは人間なのだろうか。言われてみれば随分変形しているが、そのフォルムは人類のものと言えなくもない。
 うわぁ名探偵の家の前で猟奇的犯罪に遭遇しちゃったよ、と図太いんだかずれてるんだかよくわからない感想を持ちつつ、快斗はとりあえず物体の正体を間近で確かめるべく、その場にちょこんと座り込んだ。
「…?」
 徹底的にズタボロになってはいるが、目立つ外傷はないっぽい。ひたすら転がされて汚れまくって虫の息のようだが、どちらかといえば行き倒れに近いのか?
 こんな場所でわざわざ行き倒れなくてもいいのに、と結構ヒドイ事を考えながら、どうも見覚えがある物体に先ほどとは逆方向に首を傾げる。
 時折新一も何気なくやっては不整脈の患者を大量生産するこの仕草は、造作が似ている快斗がやっても相応に可愛らしいのだが、本人に自覚はないようだ。
 少なくともクラスメイトの勘違い鷹匠探偵辺りが見たら顔を真っ赤にして擦り寄ってくる事は容易に想像が可能なのだが、本人だけがそれに気付いていないらしい。
 それはともかくとして、はて、と優秀な筈の頭脳と其処にきっちりと収められた記憶を辿る快斗の座り込んだ後姿に、背後から溜息の気配がある。
「…何をしてるのかしら?」
「あ、哀ちゃん」
 きょとん、と振り向いた先には、工藤新一の主治医(時々怪盗KIDの出張医師でもある)灰原哀の姿があった。
 相変わらず小学生の可愛らしい外見に似合わぬクールな雰囲気を漂わせた姿に、快斗はほにゃりと笑いかける。
 黒羽快斗にとって、灰原哀は『同盟者』である。
 互いが互いを決して裏切らない事を知っており、また同じ苦労を負い同じ目的を持つ同士でもある。無論それは『名探偵』工藤新一を頂点とすることによって成立する関係ではあるが、互いが互いにとって大切なのは確かな事だ。
「あのさ、なんか落ちてるんだけど…コレ知ってる?」
「コレ?」
 快斗が指差した先には、思わず目を疑うような謎の物体。
 不審なそれに思わず片眉を跳ね上げた哀だったが、快斗のように近付いて観察するつもりもなかったのでその場に留まったままとりあえず凝視してみる。
 まず、黒い。ついでに激しくズタボロ。
 場所は工藤邸の門扉の前。
 導き出される答えに哀は額に手を当てると、小学校低学年の外見に似合わぬ深く大きな溜息を吐き出した。
 見覚えは、確かにある。
 こんな状態になったモノを見るのは初めてではない事が災いしてしまった。
「ソレ、ね…」
「うん、何?」
 哀はどこか遠い目で工藤邸を見上げる。
 工藤君、邪魔なモノを駆除するのはいいけど、目立たないように後始末をしてくれないかしら。邪魔だから、と呟いて、きょとんと此方をしゃがんだまま見つめる快斗の手を取ると、それを強く引いて工藤邸の玄関へと彼を促す。
「わ、わわ!哀ちゃんちょっと待ってよ、アレ放っておくわけにも…」
「…いいのよ。自力で復活するか白と黒の車が迎えに来るかどっちが早いかわからないけどあんなのに関わると疲れるわよ」
 きっぱり、と断言するノンブレスの哀の言葉に、思わず快斗もむぐっと口を噤まざるを得なかった。
 ぴしりと固まったような表情の哀に手を引かれるまま、学生兼怪盗は恋人の家の玄関へと押し込められたのだった。



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 ずるずると哀に引き摺られたまま、慌てて靴だけ玄関に放り出してリビングへと移動する。
 後で靴揃えておかなきゃなー、と呟く既にこの広い屋敷を家主よりも掌握している怪盗が、彼と同様に家事全般を半分担う科学者に引き摺られて工藤邸のリビングへと足を踏み入れると、其処には案の定科学者の予想通りハードカバー本を山とテーブルに積んで不機嫌そうに読書に耽る名探偵の姿があった。
「…なんだよ、灰原」
「なんだよ、じゃないわよ工藤君。この間あれほど後処理を考えなさいと言ったように記憶しているのだけど?」
「…面倒なんだよ」
「後で苦労するのは貴方なのよ?」
 まったく、と溜息を落とす少女とむっすりと本に視線を落としたまま依怙地になって動かない恋人に、一人状況が掴めない快斗はことり、と首を傾げつつ恋人の隣にすとんと座った。
 む、と一瞬唇が動いて何かを言いかけた新一だったが、結局文句も足も出なかったのでお許しが出たものと判断して快斗は新一の顔を覗き込む。
 視界の端で哀が『あらあら…』と呟くのに更に眉間の皺が寄るのを見て、ほぼ無意識に綺麗な天使の輪をくるりと描いた頭部をゆるりと撫でた。
 ぴくん、と肩が一瞬跳ねたが、やはり拒否の反応はなく快斗の撫でるに任せている。これが外でズタボロになっていた某関西人だったら問答無用で足が出る手が出る言葉の暴力が出る事を知っている哀は、探偵の相変わらずのめろめろっぷりに思わず視線を斜めに過ぎらせた。
 そんな哀のなんとも言えないしょっぱい気分を知ってか知らずか、出来るだけ柔らかい声色で快斗はむっすりとした新一に向けて問い掛ける。
「ねえ新一、アレ、何?」
「…気にするな」
 ふい、と逸らされる視線のあざとさに、どうやらあまり触れて欲しくない話題のようだと快斗は推測する。だが、哀が発した青菜に塩の如き言葉を前提に推測するに、問い詰めた方が良さそうなものである事は間違いない。
「新一?」
 変わらず柔らかい、けれど有無を言わせぬ強さで問い返す快斗に、ぎゅうと眉間の皺が深くなる。むっつりと無言を決め込んでしまった新一の様子に軽く肩を竦めると、向かいに座る哀の方へと向き直る。
「…哀ちゃん、アレ、何?」
「あら、貴方も知っている人間じゃないかしら?」
 にっこりと可愛い、けれどもどこか底冷えのする微笑を浮かべる哀に、はて彼女にこんな顔をさせる人間は、と快斗は記憶の中の人物を条件検索して、今回の状況に当てはまる唯一の人間の名前を発見し、唇に苦笑を刻む。
「ああ…あの関西人」
「そう」
 工藤新一フリークを公言してやまない、関西の高校生探偵。
 東都⇔大阪間を行き来する資金と時間は何処から捻出しているのだろうと、非常識に関しては追随するもののない快斗ですら首を傾げるバイタリティの持ち主だが、向けられる東都の名探偵はたまったものではない。
 悪い奴ではないのはわかっているが、基本的に暑苦しい。というか鬱陶しい。
 たまに会うくらいだから耐えられるわけで、けれども時折新一の中の逆鱗に触れて強制退去を食らっているが懲りる様子もない。
 というか、あの濃縮栄養剤の悪夢を知ってもまだ来るのね、と遠い目をした哀はきっと間違ってはいないはずだ。
 人間って短時間であそこまでぼろぼろになれるんだー、わー、と少しズレた事で驚いている快斗も間違っているが、そんな事は今更だ。哀に実害がない以上、もう慣れたものだ。
 なんとなく責めるような視線が二人から新一に向けられ、非常に居心地がよろしくない。
 むっつりと沈黙を保っていた名探偵だが、あまりの言われように流石に耐えられなくなったのか、ぽつり、と一言呟いた。
「…勝手に人ん家に上がりこもうとするアイツが悪い」
 そう、新一は悪くない。
 ちょっと出迎えに出るのを面倒がってリビングで読書を続けていたら、インターフォン越しの会話に勝手に盛り上がって鬼のようなセキュリティを誇る工藤邸に入り込もうとして自滅したのだから、それは服部の責任だ。
 更に、盛り上がったついでに新一の逆鱗ポイントをいくつか刺激してくれたので、元より助ける気もあまりなかったわけだが。
「…で?工藤君?」
 何を言われたの?
 有無を言わさぬ哀の言葉。
 不機嫌そうにむっつりと本に視線を戻した新一。
 微妙に居心地の悪い快斗の事など置き去りに、二人の火花が散るような攻防戦が繰り広げられる。
 けれども、所詮この身内に甘い名探偵が一枚も二枚も上手な科学者に勝てるはずもなく。
 追い詰めるような少女の微笑みに、不承不承吐き捨てるように声を零す。
「だって…あのバカットリ、快斗の事…っ」
「は?俺?」
 唐突に出た己の名前に首を傾げる。
 直接には面識無いはずだよなー、KIDとしてならともかくだけど、新一『快斗』って言ったもんなー、と暢気に考えを巡らすも、その理由がイマイチはっきりしない。

 ぴんぽーん。

 はてさて、と新一の方へと向き直ろうとしたところで、軽やかに鳴り響く玄関のチャイム。
 来客!?すわあの謎の物体について本当に白と黒の車が来ちゃったとか!?
 思わず身構えた快斗と、何故か斜め下を見ながら溜息を落とす哀。むう、と眉間の皺を更に深くする新一と、見事に分かれた3人の反応にどうしようか、と逡巡した数秒間のインターバルを置いて、けれども快斗の予想は別の意味で裏切られる事となった。



つづく。

2005.07.01.

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