04.divisionかもしれないinsidegame
ぴぽぴぽぴんぽーん。ぴんぽんぽーん。
今度は、ちょっと有り得ないリズムで、更に連続で鳴り響くチャイム。
は?何この音?とちょっと慌てた快斗の耳に、防音のはずなのに玄関先から聞こえる怒号っぽい関西テイストな叫び声。
「…ちっ、もう復活しやがった」
「今回は早かったわね…やはり段々耐性が付くのかしら」
ぽそり、と零されたどことなく黒い二人の呟きに、ああ一体何が起こっているんだろうと、不敵で無敵な筈の怪盗紳士の中の人は、及び腰になりながらごくりと息を飲み込む。
服部平次。
主に関西以西をテリトリーとして活動する探偵である。
熱血直情系、よく言えば正直者で正義感が強く、悪く言えば融通が利かない上に思い込みが激しい。
そして、何よりもこの男は『名探偵・工藤新一』のいっそ変質的な程の執着を見せている。
ストーカーちっくな程にその感情の方向は一直線に向かっており、おいおいそれって正直どうなんだと突っ込んでやるのが当の本人である工藤しか居ない所為で上がりまくった熱を冷ますには至らず。
そして現在も、何故か東都⇔大阪間を蹴られても無視られても往復する男であり続けている。その情熱具合は快斗が先ほど遭遇した謎の物体]と化した様子からしても明らかであろう。
煩く鳴り響くチャイムに、ぴしりと新一の表情が凍る。近所迷惑になるなあ、とぼんやり考えていた快斗の横をすばらしい速度ですり抜けると、哀と快斗が止める間もなく玄関へとばたばたと駆け去ってゆく。
「え、ちょっと新一!?」
「工藤君!」
引き止める二人の声も振り切って、もどかしげにチェーンを外した重厚な工藤邸の玄関ドアを開けた先にあるのは、件の黒い関西人のさわやか過ぎて気味の悪い笑顔。黒い顔に歯が白くキラン☆と輝く様が余計にイヤだ。スポーツマンの爽やかな魅力などと言うのはそのスポーツをやっているときだけの幻想だと新一は思う。
思わず思考逃避しかけた新一の目の前で惜しげもなく披露される、つい数十分前まではオチていたモノと同一物体だとは思えない元気一杯な笑顔。一瞬怯みかけたが、ぐっとそれを堪えて両足で踏み止まる。
ここで!ここで俺が踏ん張らないと!!
謎の気合を入れなおし、飼い慣らすこと十数年の、丸々と太った年季の入った猫を被りなおし、その威力を存分に理解している満面の微笑み(但し目だけは笑っていない)で出迎える。
「…何の用だ、服部?」
「ひっさしぶりやなあ工藤!また数日泊めてんかー」
「断る。つーか連絡もしねーで来んなって何度言ったらわかるんだよオメーは」
「イヤやなあ、俺と工藤の仲やん、そんな他人行儀な」
「行儀も何も間違いなく他人だろ俺とオマエは。勝手に妄想広げんな」
「ひっさしぶりの工藤の罵声も結構クルなあ…」
「…変態くさい事のたまってる暇があったらさっさと帰れ。俺は忙しい」
けんもほろろな上に取り付く島も無い応対だが、それでも会話をしているという状態が嬉しいらしい服部はなんだか黒くてよくわからないが頬を紅潮させて今にもチェーンを引き千切りそうなイキオイだ。
本当に白と黒の車に連行して貰った方が良かったかも知れない、と一瞬新一の頭に良からぬ考えが過ぎった事は秘密だ。尤も、目の前の関西人に頭の中がわかるとも思えないが。
兎に角、この黒い関西人を家の中に上げるわけにはいかないのだ。
新一ひとりのときならまだしも(それでも確率は1割を切るが)今、この状態で、この男を入れるのだけは駄目だ。それは新一のプライドにかけても必死で阻止せねばならない事態である。
にっこりとした猫かぶりの笑顔の裏で殲滅・撃退を心に誓い、チェーンのかかったドアの僅かな隙間から狙いを違わず招かれざる客人の腹へとその黄金の足を食らわせる。
「へぶっ…!!」
「もー二度と来んな、次はこの程度じゃすまさねえぞ」
「イヤン工藤さんそんな殺生な〜」
ずるずるとドアにへばりつくように玄関先にオチた関西人に冷たく最後通告を突き付けるも、どうにも本気にされていないような口ぶりの返答。
こりゃあもう最終手段しかねえか!?とちょっぴり過激な方向へと脱線をはじめた名探偵の灰色の脳細胞だったが、ぽむ、とその形の良い頭の上に乗せられた覚えのある手のひらの感触にはっと息を呑む。
「どしたの、新一。そこのヒトになんかされた?」
ここで何があったかは一目瞭然なのにも関わらず、何をしたではなく何かされたと問う怪盗も大概ズレているが、まあそれも今更だろう。
宥めるように軽く頭を撫でられるのは新一もお気に入りだが、思わずふにゃ〜っとなってその胸に背中に懐きたくなるのだが。
それでも、この場所この時間に快斗の姿があるのはマズイ!!
「かっ、かい…!」
「なぁに?」
わたわたと、何時もは理路整然とした言動と冷静沈着な行動を崩さない名探偵の、あまりにあまりな崩れように少し後ろで様子を見ていた哀は思わず額に手を当てて溜息を落とす。
正直、わたわたされている快斗の方でもちょびっとだけ『このヒト本当に大丈夫かな…』と不安になった事はさておいて。
混乱の極地にある新一だったが、それでも今やるべきことはただ一つ。
ここから、服部の近くから快斗を一刻も早く引き剥がす事だ…!
ぎゅむっと快斗の手を掴み、リビングへと引き戻そうと躍起になる新一(とはいえ、同程度のウエイト+新一よりバランスの良い体格の快斗を引き摺る事はかなり困難なのだが)の様子に、黙って引き摺られるにはイマイチ状況が把握できない快斗は困惑を露に辺りをきょろりと見渡す。
玄関の外でまたもや正体不明の物体に成り果てている関西の探偵に心の中で手を合わせつつ、ドア開きっぱなしは流石にマズイけど、新一気付いてんのかなーと能天気に思ったところで。
目が、合った。
「…えっと」
「…誰や、アンタ」
むっくりと、全治数日と快斗が判断した服部が起き上がるのを呆然と見つめる。なんで起き上がれるんだろう…と疑問符が飛び交う快斗に向けて、じろりと上から下まで誰何するよう不躾な視線を送りつつ、先ほどまで三途の川が見え隠れしていた男とは思えない元気な様子で低い声を出す。
「工藤にアンタみたいな知り合いが居るなんて聞いとらんで。…誰や?えらいよう似とるけど、親戚か?」
「うーん、と…」
はてさて何と答えたものだろう、と苦笑を浮かべる快斗。
けれども、二人は残念ながら見落としてはいけないものを見落としてしまっていた。
ただ一人、この一見淡白そうな名探偵のどーしようもない独占欲を良く知る隣家の少女だけは額に手を当てたまま頭痛を堪えるような表情で俯いていたが。
快斗の腕を掴んだままの新一の手が、ふるふると震える。
はっとした快斗が気付いた時には既に遅し。するりと伸びた長い腕が快斗の癖の強いふわふわの髪が踊る頭を抱き込んで、ぎゅうぎゅうと己の胸に押し付ける名探偵。
「ちょ、ちょっと新一…!?」
「な、何やっとんねん工藤ーっ!!」
一瞬の呆気に取られた沈黙の後、困惑しきった快斗の声に重なるように響く怒号めいた服部の叫び。
けれども、それらを向けられた名探偵・工藤新一は、快斗の頭をぎゅうぎゅうに抱きこんだままぎりりっ、とチェーン付きドアの隙間から見え隠れする黒い顔を睨みつけ、思いっきり叫んだ。
「うっせえ黙れコレは俺んだーっ!!!」
見るな触るな近寄るな!減る、絶対何かが減るっ!!
ぜえはあと息を切らせながら叫んだ内容は…ちょっと、かなり、アレだったわけだが。
恋人が何を意図してこのような行動に出たのかわからず、それでも拒否する理由がないので頭を抱きかかえられたまま困惑する快斗。
目の前で繰り広げられるばかっぷるのピンクなラブラブにあてられてさらさらと風化して砂になってゆく服部。
「ああとうとうやらかしてしまった…」とこれまで唯一探偵の怪盗に対する執着を知っていた哀はその場にしゃがみ込み。
そんな微妙な空気を知ってか知らずか、ポケットから取り出した携帯で警察に連絡を入れる猫かぶり探偵は、二言三言言葉を交わし、ぱたりとそれを閉じて晴れやかに笑う。
「さー、もう邪魔な奴は片付けるから、リビングに戻ろうぜ?」
片付けるって、白と黒の車が来て?
その、ざくざくと砂になった一応知人を踏みつける容赦ない足は?
いろいろ、突っ込みたい箇所や聞いてみたい疑問は数あれど、探偵に手を引かれた怪盗とそれをほてほてと追う科学者は顔を見合わせて溜息を落とした。
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ちなみに、工藤新一が服部平次を家に入れたくない…というか、黒羽快斗に会わせたくない理由はといえば。
「え…だ、だって、しつっこく俺に擦り寄ってくるのもムカつくけど…それよりもさ」
もじもじとソファでクッションを抱えて悶絶している探偵・工藤新一。
オマエはどこのヲトメだと突っ込みを入れるのを必死で堪え、哀は沈黙を守った。
しかしそれを知ってか知らずか、ぽうと頬をピンク色に染めた新一は、更なる爆弾を叩き落してくれた。
「その、快斗は俺とそっくりだろ?んで、俺と違って愛想イイから、知り合ったらアイツが快斗に宗旨替えしそーですっげえイヤで…」
見られたくらいじゃ減らねえって言うけど、絶対減る。間違いなく減る。
「だってアイツは俺んだし!!」
ぐっと握りこぶしを作って力説する新一に、哀はふうう、と深い深い溜息を落とし。
既に慣れた様子で持ち上げた分厚い専門書の角を、ヒートアップする探偵の後頭部へとさっくり落としたのだった。
つづく。
2005.07.01.
B A C K * / H O M E * / N E X T *