04.divisionかもしれないinsidegame
白馬探。現役高校生にして探偵、かつて留学していた経歴も有り。
警視総監の息子、という自身のカードを余すところなく活用し、その手腕とて決してその辺りに転がっている私立探偵に引けを取らぬ、相応に優秀な筈の、探偵だ。
にも関わらず、彼の不幸は白を纏う怪盗に心奪われたその日から、微妙にレールを外れ始めていた。
実際、普通に探偵として追いかけるだけなら問題はなかったはずだったのだが、計算外は最も有力な怪盗の正体候補が彼のクラスメートであったという現実だった。
しかも、このクラスメートがすこぶる型にはまらない、なんというか非常に魅力的な人間だったのも災いした。
今となっては、白馬にもKIDを捕まえるためなのか黒羽快斗の気を引くためなのか、己の行動理由を理解できていないに違いない。
兎にも角にも、白馬探にとって黒羽快斗は、自他共に認める(…かどうかは定かではないが、少なくとも黒羽本人には意識されてはいまい)ライバルであり、それは月下であろうとも日常であろうとも変わることはなかった。
彼が、もうひとりの探偵に出会うまでは。
工藤新一。東都の名探偵。
白馬と同じ高校生でありながら、その名声は日本全土に轟く、恐らくは最も有名な探偵の一人。警察組織とも懇意であり、数々の難事件解決の裏に彼の名前がある。
日本警察の救世主とまで呼ばれる彼と、黒羽快斗がどうやって知り合ったのか。それは想像の域を出ないが。
「黒羽君は、騙されているんです…!」
ぐっと拳を握り締め、遠いイギリスの空の下で白馬は呻く。
其処にどれだけ願望と妄想と幻想が含まれているか、などということは綺麗すっぱり彼の頭には、ない。
「KIDのライバルはこの僕をおいて他にいない!工藤新一の思惑など、既に明らかなのです!なのに…」
再三、白馬は快斗に対して警告を繰り返してきた。(肝心の快斗は聞いちゃいなかったが)
相手は、一応名探偵と呼ばれる相手。油断などしていては辛い思いをするのは君なのだ、と…!(どちらかというと油断しまくっているのは名探偵の方だと思う快斗は、半眼で白馬を見つめた後なちゅらるに無視をした)
「おのれ…工藤新一!黒羽君によく似た外見で惑わそうとしてもそうはいきません!(惑わされたのか…)その企みは僕が暴いてみせます!!」
一人、ヒートアップする白馬。あわよくばその後感謝した黒羽君と…!などという妄想も混じり始めている。
その頃日本で、着々と『黒羽快斗が大好きで大好きで大好きな名探偵・工藤新一による表にはバレない程度のえげつない仕返し大作戦☆(参謀・灰原哀)』が進行しているコトなど露知らず、彼の頭の中は平和に桃色状態だった。
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べろべろと大量に紙を吐き出したFAXの印刷待機情報をリセットし、溜息と共に新一は溜息を落とした。
快斗の目に触れる前に大量の紙束を処分すべく、何時になく勤勉に働いた新一の傍らには、ゴミ袋がずっしりと鎮座していた。
「ったく、あのコスプレ探偵め…俺と快斗の仲を邪魔しようなんて、百年早えーっつーの」
工藤新一は黒羽快斗が大好きだ。そりゃあもう、どうしようもなく大好きだ。
お付き合いはしているものの、これといって進展のない現状に不満はあれど、そんな事など些細な事として済ませるほどには彼が大好きだ。
だが、いや、だからこそ。
この名探偵はすこぶる心が狭かった。
「勝手に邪推して人の事を悪者扱いしやがって…恋路を邪魔する輩の結末がどうなるか、きっちり知って貰おうじゃねーかっ!!」
幸いにして、最強にして最凶の少女科学者の協力は取り付けた。
後は快斗を如何様に誤魔化すかだが…ある意味これが一番困難ではある。快斗にバレないように、ではなく、コトを成し終わるまでバレないように、だから、ある程度は勝算はあるわけだが。
これは、灰原女史を味方につけた以上、ある程度までは許容されるだろう。
邪魔をしそうな関西の黒い探偵も先日予定外に排除したばかりであることだし。
一人燃え上がる名探偵は、脳裏に構築した綿密な計画書を反芻しながら、よいしょ、とゴミ袋を持ち上げた。
あまりの重さに更なる理不尽な怒りを募らせつつ、工藤新一はほてほてとそれを目立たぬ場所へと移すべく廊下を歩いていったのだった。
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罠、というのは罠であることを認識させずに陥れる事が重要である。
過去に幾度もあったそういった場面で工藤新一の秀麗な容貌と、一部抜粋だけでも華々しい経歴と、本人の年季の入った猫被り技術はとても役に立ったものだ。
そして今回は、それに輪をかけて重要かつ有用なファクターがひとつ。
相手の弱点と己の立場を正しく認識することによってこれ以上ない強みになり、その確信は、これ以上ない敵意と共に相手を滅ぼしつくす原動力でもある。
相手がそろそろイギリスから戻ってくる、という話を聞いた新一は、邪悪に唇を吊り上げた。
「ふ、ふふふ…見てろよあのコスプレ探偵。俺の快斗に手を出そうとして、あまつさえこの俺を敵に回した報いはちゃんと受けてもらうぜ…!!」
「工藤君、工藤君。それ悪役の台詞だから」
ぐっ、と握り拳を作ってパソコンの前で叫ぶ新一の後頭部をぺしりと叩いて、哀はひょこりとめまぐるしく情報が流れるPCの画面を覗き込んだ。
黒羽快斗がその無駄に有り余る才能を垂れ流した結果生み出された現行OSなど足元にも及ばない処理速度と、ユーザーフレンドリーという言葉を因果地平の彼方に置いてきた使い手を選びまくる一品は、現在工藤邸と阿笠邸の数機のマシンと導入されている。
故に、哀は自分にも覚えのあるそのプログラムの流れに目を細め、天下無敵の名探偵が己の敵に使おうとしている手段を正確に把握する事ができる。
「…なかなかえげつない手を使うわね、工藤君」
流石だわ、と吐息を落として見遣った名探偵のえへん、と満足そうに胸を張る仕草は思わず頭を撫でてやりたくなるほど可愛かったが、無論その手段はとても可愛いと言えるものではない。
鼻歌でも歌いださんばかりに(とはいえ己の歌の威力は熟知しているので楽しそうにリズムを取って指先をキーボードの上で動かす程度だった)上機嫌な新一は、積み上げたディスクの幾つかを出し入れしつつにまあ、と堪え切れない愉悦に唇を綻ばせる。
「ふっふー、こーれーで準備完了!あとは獲物がかかるのを待つだけっ!」
「…相変わらず見事な手際だわ。黒の組織を潰した手腕は健在ね」
「あたりめーだろ、この工藤新一が!あんなヘッポコ三流探偵モドキ如きに遅れを取るかよ」
かしゃん、と取り出したディスクをケースに入れてそこらに放り、垣間見せる素顔は触れたら切れそうな物騒な一面。ぞくりとするほど怜悧なそれこそが、この綺麗で時折可愛らしくもある探偵の本質だと、あの子供の姿を打ち破るまでの一部始終を共にした哀は、これ以上なく理解していた。
これは刃だ。触れるだけで傷つける、剥き身の刃。
ただ、この刃は鞘に納まる事を知っている。だからこそ、不必要なものは傷つけない。
けれども、必要なものに対して傷つける事を厭わぬ意思も併せ持っている。
「…結果は、いつ頃見られるのかしら?」
「そうはかかんねーよ、奴が帰国する前に片を付けてやるさ」
にい、と吊り上げた唇の凶悪なまでの艶っぽさに哀は小さくため息を落とし、けれどもそれを止めるでもなくひらりと手を振って工藤邸を後にしたのだった。
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「最近さあ、新一があんまり構ってくれないんだよね…」
はふりとため息を落としつつ、美味しそうなケーキ山盛りの皿と糖分過多な紅茶のカップを前にして、黒羽快斗は呟いた。
その三分の一ほどの量のケーキが乗った皿を前にした帝丹高校の制服を着た女生徒二人は顔を見合わせ、あまりに相手の落ち込んだ様子に、慌てて慰めの言葉を口々に投げかける。
「ちょ、ちょっと黒羽君待ちなさいよ!
あ・の!新一君に限って!
よもや黒羽君に気に入らない事があるとかどうこうなんて、そんなわけないでしょー!?」
「そうよ!新一ったら付き合う前から愛情垂れ流しだったのに、黒羽君が悪いわけないよ!」
だん、とテーブルを叩いて力説する鈴木財閥のご令嬢と、名探偵の幼馴染たる少女。そのあまりにエキサイトした様子に、快斗と隣に座っていた魔術師の幼馴染は目をぱちぱちと見開き、顔を見合わせた。
「かいと…工藤君、告白前から快斗の事好きだったの?」
「いや青子…それを俺に言われても」
わかるわけねーだろ、とぼやく快斗に、あ、そっかーとあっけらかんと笑う青子はやはりズレている。問題はそこではない。
天然二人組め…!と鈴木財閥のお嬢様が思ったかどうかは定かではないが、ぽやぽやとケーキを口に運びつつまったりと紅茶を傾ける純粋培養天然仕様の幼馴染の男女を貴重なものでも見るかのような眼差しで見据え、鈴木園子は更に熱弁を振るう。
「えーえ、そーよそーなのよ!黒羽君と付き合う事になった新一君の、数日間の様子は帝丹でも伝説になるほど凄かったわ!男女問わずのフェロモン撒き散らしてたのは否定できないものっ!!」
あの頃の工藤新一は、非常に危険物体だった。
見かけは可愛らしい&眼福なほど秀麗にも関わらず、その中身は寄らば爆発の危険物質。それが、普段ならば綺麗だけど格好良い、とカテゴライズされる態度を思い切りよく軟化、だだ漏れならぶらぶオーラを背負って隙あらばほにゃ〜と笑み崩れる様子ははっきり言って異様だった。
耐性のある自分たちだからこそ不気味、の一言で片付いたが、それ以外の男女は小気味良く転がり落ちるところだった。雪山で『寝たら死ぬぞ!!』と頬を叩くが如く、帝丹高校・工藤新一のクラスメートは崖から転がり落ちそうになっている他の生徒を引き止めるのに躍起になったものだった。
何はともあれ。
「新一は黒羽君にべたぼれだもの。そーゆー関係は疑わなくていいと思うの。
だからきっと、何か、内緒にしたい事でもあるとか…?」
「ないしょ…?」
ことり、と幼馴染と線対称の反対方向に首を傾げた青子の呟きが、静かな喫茶店の中に溶けていった。
つづく。
2005.09.15.
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