04.divisionかもしれないinsidegame
「…なんだ、コレ」
でろでろでろ、と大量に紙を吐き出した非常に環境によろしくないFAXと、入りまくった留守録メッセージでエラーランプが点滅する電話機に、工藤新一は思わず眉根を寄せた。
『携帯…は、別になんともねーんだけど』
工藤自身に連絡がつかなくて非常手段として、というには条件が符合しない現状に、はて、と首を傾げる。
それにしても、凄まじい光景だ。
横着しがちな新一の為に、給紙を従来の40枚程度からA4PPC用紙一束分、すなわち500枚を一気に補充できる快斗の特製改造品である工藤邸のFAX。
無論トナーも虫の息となっており、最後の方に至っては微妙にかすれて判別は付けがたい。留守録メッセージも分刻みで記録されており、正直げんなりとしながら新一はその玄関先に散らばったうちの一枚をぴらりと拾い上げた。
ぴしり。
世界が凍る音が、聞こえたような気がした。
ゆらり、と新一の背後に陽炎が昇る。ぴしぴしと空気が冷え切って、凍り付いてゆく。
思わず震える手で握り締めたFAX用紙が、ぐしゃりと音を立ててくしゃくしゃに皺が寄っていたが、もとよりこの大量の紙のすべてに同じ内容が書かれていることは簡単に推測できたので些細な問題だ。
ふるふると震える肩を必死で宥め、新一は速攻で取り出した携帯の短縮ナンバーを打ち込んでいた。
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ぴろろろろ。
「わ、わわ!」
黒羽快斗、という人間からすれば以外なほど普通な携帯の着信音が鳴り響く。
小休止を決め込みコンビニのサンドイッチを口に放り込みかけた矢先の出来事に、慌てて携帯を取り出し外側の液晶で確認した意外な人物に、快斗は思わず首を傾げた。
「…あれ?」
ことり、と首を傾げたまま、快斗はぱくん、と折り畳み式の携帯を開く。快斗の隣で手製の弁当に箸を付けかけた青子と、購買のパック紅茶にストローを刺しかけていた紅子の二人はそれを興味深げに見守っている。
そして、その更に周囲ではなんとなく無形のバリケードの向こうでわきわきしている男女混在する生徒の群れ。かなり異様な光景だった。
「はーいもしもし快斗君で…ん、どしたのそんな慌てて」
きょとん、とした表情。普段の馬鹿っぽい作ったような笑みとも、皮肉めいた表情とも違う素のそれにめずらしー、と青子は目を見開き、状況をなんとなく悟った紅子はあらあら、と唇に指を当てた。
そんな周囲の事などどこ吹く風、快斗は変わらず通話先の恋人との会話を続けている。
「…うん、俺はもうちょっとかかるけど、昼飯は哀ちゃんと二人で作ってちゃんと冷蔵庫に用意して…は?違う?」
携帯から音が漏れるほど大声で、しかも興奮しているらしく勢いよくまくし立てられる通話先の声に、なんだか甘ったるい態度で応対する黒羽快斗。
なんつー珍しい光景か、と全力でひく周囲と、それすら楽しもうとするある意味最強女性陣二人。けれども肝心要の本人は、そんな事はまったくもって、ちっとも!気にしてはいなかったわけだが。
「へ?コスプレ勘違い探偵…ってああ、白馬か。何、あの馬鹿がどうかしたの?…え?居るかって…そういや見てねえな」
くるり、と背後を振り返り、ことりと首を傾げながら快斗はそれまで同じ机を囲んで昼食を取るところだった青子と紅子に問い掛ける。
「なあ、白馬って今日いなかったっけ?」
「…すっごく今更だよう、かいと…」
がっくり、と脱力したように肩を落とす青子に、ほほほ、と笑うばかりの紅子。
なんだよ感じ悪ィなあ、とぶつくさ言う快斗の肩をぽん、と叩き、青子は真剣な顔で幼馴染へと向き直る。
「あのね、快斗。白馬君、もう一週間も前からロンドンの方に戻ってて居ないんだよ?」
「…そーだっけ?道理で周りが静かだと…」
「あらあら、白馬君も不憫なこと」
折角追いかけている人に気付いても貰えないなんて、ところころと笑う魔女に盛大に嫌な顔をして、アイツに追っかけられても嬉しくもなんともねーよ、と毒づく快斗。けれども保留状態で待たせている通話相手に気付いたのか、慌てて通話を再開して手短に相手の質問に答える事にする。
「あーうん、そ、もう一週間は来てねえって…そう、今日も。
な、ホントにアイツなんかやらかしたのか?」
どうしても聞いておきたかったのだろうその一言には、けれども色よい返事は返らなかったようだ。少し消化不良な表情で携帯から耳を離した快斗は、傾げっぱなしの首を更に横に倒して、むぐむぐと呟きながら再び食べかけのサンドイッチへと手を伸ばした。
「ねえねえ快斗、さっきの電話の相手って、工藤君?」
「そう…なんだけど、何なんだろうな?今までアイツから白馬の名前なんて聞いた事なかったんだけど…」
「なんだろうねえ…?ほら、きっと探偵同士だから、何かあるんじゃない?」
「そう…かなあ…?」
二人して鏡合わせの逆方向に首を傾げる幼馴染の男女二人の天然具合にほほほ、と一人なんとなく真相を知る魔女は笑う。
窓の外で、しゃわしゃわと鳴く蝉の声が聞こえる。
夏真っ盛りの江古田高校の教室は、なんだかちょっと微妙な空気に包まれていた。
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どすどすどす、ばったん!
「…工藤君、廊下は静かに歩いて頂戴」
「んな事に構ってられるか!見てくれよ灰原っ!!」
近付いてくるのと不機嫌具合が手に取るようにわかる乱暴な足取りでやってきた隣の探偵が、息を切らせて抱えた紙束をばら撒く。
嫌だわ掃除は誰がすると思っているのかしら、それ以前にこんな大量の紙束今目を通せって言うの、折角研究の目処が立ちそうなのに、と盛大に眉を顰める科学者だったが、同様に探偵の眉も寄っている様子に不承不承その紙の一枚をぺらりと手に取った。
「…典型的な嫌がらせね」
語彙が貧困な悪口雑言や、こちらのプライベートの欠片を匂わせた脅迫…にはギリギリで当たらない文章。その微妙なさじ加減が悪意を感じさせるそれは確かに腹を立てるに値するものだったが、その程度でこのザイルのような神経を持つ探偵がどうこうするようには思えない哀は、ひらりとそれを放り出して溜息を落とした。
「で?貴方がこの程度の根性のない嫌がらせにどうこうってわけじゃないんでしょう?」
「相手が問題なんだよ!!」
相手。それはそうだ、ひとりでこんな真似は出来ない。
はてさて今度はどんな輩に恨みを買ったやら、と斜めに視線を泳がせていた科学者だったが、次の一言にぴしりと背筋を凍らせた。
「あのコスプレ勘違い探偵め…あろうことか俺の快斗に手ェ出そうなんて…」
「ちょっと待ちなさい」
ひとりで勝手にめらめらと燃え上がる新一にストップをかけ、聞こえた単語について詳しく問い詰める。
「コレ、あの男からなのかしら?」
「おう。部下か本人かはわかんねーけど、経由した回線キッチリ辿って確かめたから間違いねーよ」
あっけらかんと告げられる探偵の返答に、哀はどうしようもなく血が上ってはいるもののこの優秀すぎる名探偵がここに来る前に状況の把握をこれ以上もなく完璧にしていた、という事実を知る。
その手段が違法行為スレスレであることなど、些細な事だ。そんな事を気にしてこの男と付き合っていくのは至難の業である。
と、自身の研究(現在は事後検出不可能な即効性の麻酔薬)を棚に上げて哀はふむ、と首を捻った。
黒羽快斗は、哀の大切な同士である。
其処にあるものは一般的な家族愛だの友情だのといった単純なものでは量れない、一種の連帯感も含んだ比較が難しいものだ。
何はともあれ、彼に代替が利くとは哀には到底思えず、また故に彼に対してこの目の前の探偵との関係も相俟ってすこぶる弱い自覚はあった。
『あの人を逃したら、私一人でこの非常識さんの相手をしなくちゃならなくなるもの…』
それはいけない。流石に哀といえど嬉しくない未来絵図だ。
がるるる、と物騒に吼える寸前の探偵の背をぽむぽむと叩いて宥めながら、哀は小さな足を組み替えて、僅かに目を細めて新一へと静かに向き直った。
「…で、工藤君は何がしたいのかしら?」
にやあ、とこの顔でなかったら凶悪この上ない…否、この顔だからこそ余計に怖い笑顔を浮かべ、名探偵・工藤新一は少し身を屈めて床に散らばった紙を拾い上げた。
つづく。
2005.09.05.
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