05
「…こんの、アホ探偵…!
何時になったらオレの言葉をちゃんと理解できんだよ!?」
「だ、だだだだって!」
「だってじゃねーよ!いい加減に覚えろよ!」
ぎゃーぎゃーと言い合いをする擬似双子を目の前に、白馬探は小さく溜息を落とした。
工藤新一と黒羽快斗が、どうやら友人同士、という位置に落ち着いたらしい、と知ったのは今から遡ること1ヵ月前。
黒羽快斗のクラスメイトである自分が、必然的に彼らが二人で居る場面に顔を合わす機会も随分と増えた。
増えたが、その場面の約八割が快斗が新一を叱っている、というのは如何なものだろうか。
今も新一は快斗に拳骨でこめかみ辺りをぐりぐりとされながら、ほぼ半泣き状態で言い訳を続けていたりする。
途切れ途切れで時々ぶっ飛んだその言い訳を総合するに。
「…工藤君、また黒羽君にいきなり飛びついたのかい…?」
「お、白馬」
溜息と共に声をかけた白馬に、快斗がぱっ、と新一の頭をぐりぐりしていた拳を離す。みぎゃ、と小さな悲鳴を上げてその場にへたり込んだ新一を半眼で見つめながら、快斗は小さく肩を竦めた。
「何回言っても直んねーんだよ、一声かければ別に怒らないっつってんのに」
「……はあ」
ううう、と唸りながらも快斗の傍から離れない新一が、快斗に触れたいそんな理由なんて。
「なんだろ、コイツがそんなにスキンシップ好きとは思えねーんだけどな、オレには」
…分かりきっているのに、どうやら黒羽快斗只一人が理解出来ていないらしい。
『あああ、なんだかやけに殺気の篭もった視線が、視線が…!』
白馬の背後からは、射殺すような新一の鋭い眼差しが向けられている。そしてそれは恐らく、快斗と親しげに会話をしている己へと間違いようのない敵意で。
そんな視線を向けられるのも一度や二度ではない。白馬はそう短くもない工藤新一との遣り取りの中で、これ以上なく正確に彼が黒羽快斗に向ける感情の意味を理解していた。
…否、せざるを得なかったのだ。
あの、工藤新一が放課後の黒羽快斗を強襲した日からこっち、白馬は会うたびに彼から敵意のある視線を向けられ続けた。視線だけでなく、あからさまな言葉や態度を取られたことも一度や二度ではない。
何故其処まで嫌われるのかわけがわからなかった白馬だったが、ある日とうとうぶっちぎれたらしい新一の叫びで、全てを理解するに至った。
『なんでオレの邪魔すんだよ!オレは快斗の傍に行きたいだけなのにっ!!』
友人であるところの黒羽快斗に、追って来させるなと言われた手前、確かにあの場面では彼を説得して帰した。その後も、二人は会わない方がいいだろうとさりげなく邪魔はしていたけれど。
まさかそれが此処まで尾を引いていると思わなかった白馬は酷く驚いた。泣きそうになりながら理不尽な理由で他人を責める、そんな態度とは無縁と思っていた新一が、必死になって叫ぶ内容に、理解せざるを得なかった。
ああ、本気なのだと。
新一は快斗に好意を向けているのだと。
驚愕に値する真実だったけれど、それは白馬の中にすとん、と落ち着いた。頬を真っ赤に染めて、必死で此方を睨み付けてくる新一という珍しいモノに、ほだされただけだという見解も捨てきれないが。
だから、それから白馬は新一の味方でもないが、積極的な邪魔もやめた。彼の願いが、黒羽快斗に被害を齎すものではないだろうと判断したからでもある。
なのに、肝心の黒羽快斗は、そこまで必死な新一の想いにはこれっぽっちも気付かない。ただ世話の焼ける、どうしようもない友人だと、そこで止まってしまっている。
だからこそ焦っても居るのだろう、新一は何度快斗に叱られても快斗に触れる事を止めようとはしない。むしろ、他に人が居る時を、その他人が快斗と親しげであればあるほど、快斗への接触は過多になる。
そんな感情の名前など、たったひとつしかないというのに。
『苦労するね……二人とも』
何せ工藤新一の感情の発露は間違っているし、相当に逸れている。そして向けられた相手である黒羽快斗は、そもそも鈍くてちっともそれに気付いていない。
まあ、尤も一番の苦労は己を含む周囲の方かも知れない。
疲れるのは本人たちだけではない。双方の意思を察してしまい、尚且つ勝手に敵意やら何やらを向けられる。今はほぼ呆れの極致で生暖かく見守っているが、当初は意味不明な敵意に晒されて無駄に戦いたりしたものだった。
今もまだ目の前で、微妙に通じ合っていない擬似双子の遣り取りは継続されている。たぶん、当分の間続くのだろう。
まあ、長期戦は覚悟しておくべきだろうか。
名うての天邪鬼と天然相手に、そうそう簡単に事が運ぶと思うほうが間違っている。それに白馬は、別に二人がくっ付こうとくっ付くまいとどちらでも構わない。
ただ、出来るならばこのギスギスした空気から一刻も早く逃げ出したい。それだけだ。
「…とりあえず黒羽君。通行の邪魔だから本腰で叱るなり妥協するなりしてくれないかな?」
ほら、皆が困っている。
「え?あ……悪ィ」
くるりと振り向けば、なんとも居た堪れない表情の江古田高校の生徒たち。確かに校門の直ぐ脇でこんな遣り取りをしていたら通り難いことこの上ないだろう。
そこは素直に反省することにして、快斗は猫の子でも摘むように新一の襟首を掴んでぐいっと引き摺る。ちょっと『ぐえっ』とか聞こえたような気がするが、快斗も白馬も揃って無視をした。
「とにかく、新一?」
「…へっ?」
「二度とすんなよ。つか、この台詞も両手の指以上繰り返してるはずなんだがな…」
「う…だって」
「だって、じゃ、ねーよ」
悪い口はこの口か!この口か!?
「み、みぎゃー!」
ほっぺたをぎゅーっ、と引っ張られて、新一はかなり本気で涙目になる。よく伸びるほっぺただなあと白馬はぼんやりと思ったが、それは快斗も同様だったらしい。ちみっこみてー、と小さく呟いている。
どうにも進展と言うのは遠そうではあるが。
まあとりあえず、平和ではあるし。
『要努力、かな?……工藤君』
とりあえず今まで通り生温く見守ろう、とぼんやりと考える白馬の傍らを、随分と暖かくなった風が通り抜けて行く。
新緑の香りを含んだそれは、そう遠くない未来に鮮やかな夏の気配を連れて来るだろう。その頃には、この二人はどのように変化しているだろうか。楽しみでも、ある。
それまでは子猫のじゃれあいのような現状も悪くない、と苦笑を零し、二人と別れる交差点まで、微笑ましい遣り取りを見守る事にしたのだった。
2008.12.08.
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