02
「…あれ?」
ぱちり、と常になく良い目覚めの朝を迎え、工藤新一はことりと首を傾げる。
…自分は、確か。
「ゆーべは…事件帰りで、タクシー掴まらなかったから、諦めて歩いて帰って…」
帰って。…いや、家まで帰り着いた記憶は…無い。
無いが、確かに此処は己の家であり、己の部屋である。どういうことかと首を捻り、とりあえず周囲を見渡したところで。
「…ほお?これだけヒトに迷惑かけといて、覚えてねえって?」
「ふえ?」
低く抑えられた聞き覚えのある声に思わず視線を巡らせれば、椅子の背もたれに顎を預けた状態で此方を見据える男の視線と己のそれがばちりと合う。
誰だ、と誰何しようとして、その細められた視線と凛とした気配に息を呑んだ。
…自分は、『彼』を、知っている?
こくりと息を飲み込み、新一は記憶を探る。何処で会った人物なのか、どうして此処に居るのか。
そして、それは直ぐに答えを得る事となった。
己と、良く似通った造作。
カーテンが引かれた部屋の陰に溶け込むように佇む姿。
考えが纏まる前に、新一の唇は勝手にその名を紡ぎ出していた。
「…怪盗、KID…」
「…正解」
流石は名探偵、と皮肉気に告げる様子からは、何処か不貞腐れたような雰囲気を感じるのだが…気のせいだろうか。
「なあ、…なんでオメー、此処に居んの?」
常ならぬ、怪盗らしくない立ち居振る舞いと態度に、新一は困惑を隠しきれずに問いかけると、怪盗の顔から表情が一瞬消えて。
「こっの!オオボケ探偵!!」
「ふぎゃ!」
思い切り、どつかれた。
「なっ、なっ、なっ…?」
ワケが分からず、殴られた頭を抱えて言葉にならない問いかけをしようと口をぱくぱくとさせる新一に、更に畳み掛けるように怪盗の叱責が飛ぶ。
「お馬鹿!なんでそうアンタは警戒心ってモンがねーんだよ!」
「え?ええ?」
混乱することしきりの新一に、怪盗は滔々と昨夜の出来事を語る。どうやら、自分はこの男と夜中に偶然出くわし、その場でヤツのホットドッグを奪い、尚且つそのままぱたりと寝てしまったらしい。
常ならぬ失態にぐらぐらと視界が揺らぐような気分を味わいつつ、昨日を振り返ってみる。
昨日、毎度の如く事件に巻き込まれた新一は、当然のようにそのまま警察に混じって…というか先頭を切って事件解決に動き、結局解決したのは深夜のこと。とっくに終電は終わってしまっていた。
普段ならばそういう場合は手の空いている刑事の誰かが送ってくれるのだが、昨夜は事件の後処理だけで手一杯、といった様子だったので、歩いて帰れない事もないだろう、と新一は送迎を断って夜の街を歩き始めた。
…が、直ぐに後悔する羽目に陥った。
その日は、昼前に事件に巻き込まれ、結局昼食も夕食も取りはぐれていた。ついでに、その日の朝食はヨーグルトとバナナ一本だったりした。
空腹MAXな状況の上に、うっかりと良く知らない道に迷い込んでしまい、深夜営業のコンビニすら見つけられず、随分と朦朧としながら歩いていて…
それ以降の記憶が、ない。
「…あ、れ…?」
「ああもうホント、俺がどれだけアンタ担いで此処まで来るのどれだけ苦労したかわかってんのか?もっと言うならいきなり食い物奪われた挙句に目の前で墜落された俺の気分になれよ!?
…ホントに、アンタだって探偵なんて稼業営んでんだからさ、もうちょっと気をつけてくれよ。つか、他人の食い物奪うなよ…」
「わ、悪ィ……」
気まずい感じに布団を引き上げ、もそもそと居心地悪げに身じろぐ。自分が確実に悪い事が分かっている現実は、とてつもなく新一を落ち着かない気分にさせた。
目の前で滔々と説教を垂れる男の言うことはいちいちごもっともで、反論さえ出来ない。ひたすら小さくなっているしかない新一に、男ははあ、と溜息をひとつ落とした。
「ホントに…勘弁してくれよ、名探偵」
「う……」
肺腑の空気を全て吐き出さんばかりな深いそれに、新一はぴくりと肩を揺らす。びくびくと相手を伺う視線を向けると、きろりと逆に睨み返されて目を伏せた。
どうしたらいいのか分からぬままに、ただ相手の出方を伺うしかないなんて、まったくもって己らしくないというのに。
きり、と噛み締めた唇とは別の場所がちくりと痛んだような錯覚に、新一はただただ顔を伏せて己を見下ろす男を伺った。
■ ■ ■
なんなんだ。なんなんだこのアホ探偵。
眩暈を覚えそうな脱力感の中、快斗は額を押さえたい衝動と必死に戦っていた。
おかしい。コレは確かに己がライバルと認めた、恐らくは極東最高の名探偵である筈なのに。
なんだ。この、なんとも言えないアホっぽさは。
しゅん、と落ち込んだ猫のようにベッドの上でしおらしくしている工藤新一など、はっきり言って気味が悪い。
何とも落ち着かない己を鼓舞するように、快斗はこくりと息を飲み込んだ。
…そうだ、コレが東都に名高い名探偵だと思うからいけない。
「アンタが覚えているのか覚えていないかは、まあこの際どーでもいい。
……どーでもいいから、これっきりにしてもらいたいね」
「わかっ、てる……」
苛めたつもりは全くない、単に正論を言っただけだというのに、希代の名探偵、であるはずの男を小さく幼く見せている。まるでこれでは自分が悪者のようではないか。
いかん、と快斗は首を振る。
コレは、『アレ』だ。
あのちびっこ探偵と中身は同じなのだ。存分にガキっぽくて傍若無人で、時々どうしようもなく抜けている、快斗が気に入っていた小さな探偵君。
怜悧で硬質なイメージが付き纏う東都の名探偵ではなく、等身大の、どこにでもいる子供に言い聞かせるように。厳しすぎず、甘すぎることも無く、ただすれ違うだけの人間としての言葉を。
快斗は必死で告げる言葉を選んで、目の前のもそもそした物体に語りかけた。
「…あー、その、別にそーゆー意味で怒ってんじゃねーし、オレ。つか、もう俺に迷惑さえかけなきゃそれで」
「……。」
…気まずい。
こほん、と咳払いをひとつ落としただけでもぴくりと震える布団のカタマリ、もといそれを引っかぶった名探偵・工藤新一という物体に動揺を隠しきれず、快斗はぐしゃりと前髪をかき混ぜる。
コレはお子様。でっかいお子様!
必死で己にそう言い聞かせながら、ばたん、と開け放った窓のサッシに、昨夜自室から脱出したのと同じように足をかける。
「じゃ、じゃーオレは帰るからなっ!
いいか、もう二度とオレに手ェ焼かせんじゃねーぞっ!!」
身のこなしも軽やかに、快斗はひらりと窓の外へと身体を躍らせた。…真夜中なら兎も角、もはや日も高いこの時間にそんなことをやらかせば人目につくだろうこともすっぱりと忘れて。
ヒドイ目にあった、とほうほうの体で逃げ出すように工藤邸を後にした快斗は、だからまったくもって知る由もなかったのだ。
ひとりベッドの上に置き去りにされた名探偵が、先ほどまで居た怪盗が居なくなった証のような風にそよぐカーテンを見つめ、ぱちりとひとつ瞬きをして。
何かを一言、大切そうに呟いた事など。…何も。
■ ■ ■
「ふわあ…」
大きな欠伸をひとつ落として、快斗はようやく辿り着いた教室の己の机にばったりと突っ伏した。
結局あれから家に帰り着いたのは、いつもの登校時刻とほぼ同じくらいになってしまっていて、慌てて制服に着替え、菓子パンをひとつひっつかんで家を出た。
通学路をばたばたと走りながら菓子パンの袋を開けて口に放り込むと、むぐ、と惰性のように咀嚼する。
…一瞬、昨夜の悪夢が過ぎったとかはナイショだ。
ナニはともあれ遅刻は免れ、幼馴染にこれでもかと問い詰められたが答える気力もなければ答えられる内容でもない。
だって、深夜空腹に耐えかねてコンビニに行ったら、帰りがけに名探偵に遭遇して、歩き食いしていたホットドッグをポッキーゲーム風に奪われ、その場で墜落された、だなんて。
『いったい誰が信用するっつーんだよ…オレの妄想で片付けられるのがオチだっての』
はあ、と欠伸に紛れて溜息さえ落ちる。本当に己の幸運と不運は両方とも気合が入りすぎだと快斗は思う。此処まで両極端でなくても構わないのだが。
べたりと机に突っ伏して、瞼を閉じればとたんにとろりとした眠気が覆い被さってくる。それに抗うことに慣れた快斗にも、今まさに小波のように襲い来る眠気は強くて深く、もうひとつふあ、と欠伸を落として右の目尻を手のひらで擦った。
眠い、本当に眠い。
こんなことならあんな迷惑探偵、道端に捨てていけば良かった、とは昨夜から何度も考えている。
だけど、快斗はそれが「if」でしか有り得ないこともわかっている。何度繰り返しても、きっと自分は文句を言いながらもあの探偵を抱えて工藤邸へと足を向けるだろう。それが何に起因する好意なのかは、なるべく考えないようにしながらも。
あの探偵は、快斗の鏡写しだった。過去形で語るのは、既にそのひと欠片を探偵が取り戻したからに過ぎない。
鏡写しというほど似通ってはいない今でも、かの人との相似は薄気味が悪いほどについて回っている。それは互いに『好敵手』などという耳障りの良い言葉の魔法が万能では無い事を、否応なしに知らされているのと同義だ。
だから、快斗はあの探偵が大嫌いで放っておけない。
きっと、あの探偵もそうだろうと思うのに。
『……なんでオレの目の前でオチて下さるかな…』
付け入る隙など、与えないで欲しい。
いっそ等身大の姿など迷惑だ。
あの日あの時時計台で快斗を追い詰めた、悪魔のような狡猾さをこそ見せ付けてくれればいい。そうすれば快斗もまた、冷ややかなポーカーフェイスで応対ができるものを。
あんな、無防備な表情は。反則に過ぎやしないかと思うのだ。
「……ちくしょ、」
寝覚めが悪い。何かが噛み合わなくて気味が悪い。
何か肝心なパーツが抜け落ちたものを組み立てているような錯覚に、知らず快斗は奥歯を噛み締めた。眠気はピークを迎えて意識は混濁しかかっているのに、頭の中のとある部分は勝手に何かを作り出そうとして失敗し、只でさえレッドゾーンな思考力を奪ってゆく。
常ならぬ己の状況に聊かならず困惑を隠しきれないまま、快斗はもうひとつだけ欠伸を零した。
もう、今日は授業をマトモに聞き取る事は困難だろう。
諦め交じりの現実は、いとも容易く其処にある。もう本日が厄日だという事は覆せないだろう、と眠気に犯された頭で考えたのを最後に。
墜落するような眠りに、快斗は意識を委ねたのだった。
■ ■ ■
「……ろば君、黒羽君」
「…んあ?」
「起きたまえ、黒羽君」
いつも己を起こす幼馴染の騒がしい声+容赦の欠片もないビンタでなく、静かで低い声と共に肩を揺すられる感覚に、快斗は重い瞼を無理矢理に抉じ開ける。
「…なんだ、白馬か……」
「なんだ、じゃないよ黒羽君。いい加減に目を覚ましたまえ」
あふ、と欠伸をひとつ落として腕と共に背筋を伸ばすと、ぱこん、とプリントを丸めたものが頭に落ちてくる。
「ナニコレ?」
「君が爆睡していた午前中の授業の課題だよ。所用で職員室に行ったのだが、松野先生に君に渡すように頼まれてね」
「ふへー」
正直面倒臭い、と思ったが、この場で口に出せば白馬のお説教が始まる事は目に見えていたので、ごそごそと机の中に放り込む。実際にやるかどうかは気分次第だ。
随分とよく寝た、とこきりと首を曲げて、随分と強張った肩と背中を自覚する。目が覚めてきてみれば、明らかに窓ガラスから差し込む日差しが朝のそれとは違っていた。
「…つか、もー昼?」
「今頃気付いたのかい……?」
はあ、と溜息を落とす白馬に、快斗は居心地悪そうにそっぽを向いた。
一年ほど前にイギリスから転校してきた坊ちゃん探偵は、今では快斗の悪友だ。
怪盗KIDを捕まえる、と豪語しているのは今でも変わらないが、其処にある意味合いは違ってきているのではないか、と漠然とながら思えるほどには、彼に対しての信頼もある。
ぱちり、と瞬きをひとつ。あれほど身体に巣食っていた眠りの気配は既に遠く、心身充実、とは言い難いがそれなりにまっとうな意識は戻ってきているようだ。陽光が差し込む窓ガラスを眩しげに見遣ると、快斗はへらりと笑顔を向ける。
「ホントーに眠くてさあ。……マジ午前中の記憶がねー」
「……時々、君という男が分からなくなるよ、僕は」
はあ、とこれ見よがしに溜息を落とす白馬だが、その態度の八割程度はポーズに近しい。彼の清廉潔白で実直な精神は、快斗のユルい態度をどうにも許しがたいのだろう。
その点、昨夜遭遇した『彼』はといえば、白馬と同じ探偵でありながら、随分と違う。
目的の為に手段を選ばず、己の正義と社会の正義が必ずしも一致し無い事を知っており、尚且つそれでも己の意思を貫くことに躊躇いを覚えない。よく言えば確固たる意思、悪く言えば頑固。けれど思考からは柔軟性は失われる事無く、不可能であると、非常識であると他者が決め付ける事さえも己の中で納得できなければ証明の手段を探そうとする。
それはまるで駄々をこねる子供が分不相応な賢しさを兼ね備えたようだと、皮肉交じりに考えないでもなかったけれど。
『……アホだもんなアイツ。「名探偵」だけど』
快斗が認める名探偵。その手腕と頭脳は極東随一、あらゆる犯罪を真実と言う白日の光の下に明らかにする、誰が呼んだか、日本警察の救世主。
…だが、どーしようも無いほどアホだ。
それは快斗が昨夜身を以って体験するだけでなく、あんなちびっ子にされた過去からも明らかだ。
けれど。どうしてか、呆れもするし怒りさえ沸くのだが、それでも彼という存在を最後の最後では見放そうとは思わなかった。寧ろ積極的に手を貸してさえしまう自分が謎で、けれども明確な理由無しに彼に手を貸す人間は自分以外にもたくさん存在していて、きっとコイツはそういうヤツなんだろう、と考えることを放棄してしまった。
今思えば、それこそが間違いの始まりだったような気もする。
けれども、所詮人間には未来を見通す事など不可能なのだろうと、快斗は一人黄昏ていたのだが。
「…いてっ」
「目を開けたまま寝るのはやめたまえ。君が器用なのは知っているがそういう方向まで器用にならなくても結構」
ぱしん、と軽くではあるが容赦はない強さで白馬の大きな手のひらが後頭部を叩いた。完全に油断しきっていたのと考えを別にやっていた所為で避けることも出来ず、その威力をマトモに食らった快斗は恨めしげな眼差しで、下からきろりとその悪友を睨みつけた。
「…何気にすっげーヒデエこと言ってねえ?オマエ」
「はっはっは、気のせいだよ黒羽君」
ちくしょう、なんか図太さが増しやがったなコイツ。
誰の所為だと本人に聞かれたら確実にツッコミが入る事を考えながら、叩かれた後頭部を擦る。特に傷になっているとかこぶができている、という事はないが、反射的な行動だ。
気付けば、時刻はもう数分で次の授業のチャイムが鳴る頃。
「げ。…昼メシ、喰い損ねた……」
眠ってさえいれば、この程度の空腹ならば気にせずに済む。(無論昨夜のような腹が減りすぎて目が覚めるレベルでは通用しない対処法だが)けれど、既に目覚めてしまった今となっては微妙にエマージェンシーを訴え始めた胃袋の存在が酷く疎ましい。
どうせならもっと早く起こしてくれれば良かったのに、と更に恨みがましい目で先ほどまで陰険漫才を繰り広げていた悪友を見上げると。
「…予想は、してたんだが」
ぽむ、と頭の上に何かが置かれた。
予想をしていなかった柔らかい感触に、疑問符を貼り付けて目の前に異動させた物体は。
「…ほっとどっぐ。」
「中森さんに感謝したまえよ、黒羽君。エサを与えておけばとりあえずは脱走はしないだろうから、とわざわざ買ってきて下さったそうだ」
ははは、と明らかに楽しんでいる口調で告げた言葉は、白馬的によりあくどく脚色はされているだろうが大意は変わらないのだろう。
どうしようもなく天然で、恐らく悪気はないだろう幼馴染のペット的扱いに相当凹みながら、黒羽快斗は何とも言い難い表情で目の前の物品を睨み付ける。
「ビミョーに感謝していいのか、ふざけんなと怒るべきなのかわかんねーんだけど……」
よりにもよってどうして『コレ』なんだ、青子。
昨夜の不名誉かつ不本意な記憶も拭いがたい現在、出来ればコレだけは見たくなかった。購買にも学校から徒歩3分のコンビニにも、他にいくらでも高校生男子の腹をとりあえず満たすに足るモノはあるだろうに。
時折発揮される嫌な方向での幼馴染の気遣いに、快斗は薄ら寒いものを覚える。絶対に彼女が近い将来恋人だの結婚相手だのに困るとしたら、頻繁に快斗が被害にあい、また非難している暴力よりもこちらの方だと思えるほどには、その的中率はハンパないのだから。
心の傷跡を抉るようなジャストミートな言葉や仕草、物品。そんなものを何の気なしに見せられる、突きつけられる。そういった全てが無意識であり天然の産物だ、などと。
幼馴染の不可解な思考回路など今更だが、とりあえず今のところは視界からさっさとコレを消去して欲しい。そう切実に快斗は願った。
だが、えてして現実というのは残酷なものだ。
「ほら、早く食べたまえよ。そして午後の授業に備えたまえ」
「う……」
ホットドッグ。念入りにも温めてくれたらしく、仄かに暖かい。その気遣いは有り難いが、せめてハンバーガーだとかカレーパンだとかにしてくれれば良かったのに。
一生懸命思い出さないようにしていた昨夜の記憶が、押し込めた端から脳裏を過ぎる。
馬鹿みたいにぐんにゃりと脱力しきった身体だとか。
そっと伝わった体温のぬるさだとか。
…規則正しい寝息の、少し湿った感触、だとか。
「…っ、くしょ…!」
本当にサイテーだ、あのアホ探偵。
どんな権利があってオレの平穏な日常生活を阻害しやがるのか。アイツは勝手にオレを利用してすぴょすぴょ寝こけてやがった分際で、オレだけこんな心労なんぞ割りに合わん。
「…もっとキツく叱っとくんだった……!」
後悔先に立たず。名言である。
しかし先に出来ないから後悔と言うのもまた真理。やり場のないもやもやとした感情を振り切るように、乱暴にパッケージを破いてホットドッグへとかぶりつく。
チープなケチャップ、ぴりりとしたマスタード、安物のソーセージの肉と塩味。
そして、ほんの少しだけ過ぎるのが。
そう遠くもない過去にこの唇に寄せられた彼のそれの、やわらかくて暖かいそれだったなどとは、気付いていないと蓋をする。
見ていない。何も聞いていない。
…もう、交わらない。きっと。
きり、と痛んだ胸は幻なのだと奥歯を噛み締め、咀嚼したホットドッグの成れの果てを、快斗はまるで敵のように、飲み込んだ。
嘲笑うような昼休みの終了を告げるチャイムの音に、快斗は最後のホットドッグの欠片にかぶりついた。
忘れてしまえと告げる本能と、足りた眠りに冴える頭が、心底厭わしいと思いながら。
2008.12.08.
B A C K * / H O M E * / N E X T *