純情可憐狂想曲 せかんど
「…かいと、何ソレ?」
絶対零度の空気の中、ざわめきすらも零せない居心地の悪さを漂わせた教室で、中森青子はその天真爛漫な普段に似合わぬ低い声と座った眼差しで目の前の幼馴染を見つめた。
付き合いはとても長い、しかし親友とは呼べない…呼びたくない存在である。多分誰よりも中森青子を知っており、中森青子自身も黒羽快斗を知っているのだが、数々の過去を踏まえるとそういった心温まる関係には程遠い。
というのも。
「何ソレって…しつれーなヤツだな。俺は普通の格好をしてるだけだぜ?」
「…それはそうかも知れないけど…だって快斗、今まで誰が何言ってもソレ、着ようとしなかったでしょ!」
ぴらり、と独特の大きな襟を摘み上げている快斗の服装は、ごくごく普通のセーラー服。ここ江古田高校の女子制服だ。
本来ならば非難されるべき事柄ではないはずだが、この破天荒極まりない鬼才・黒羽快斗に関しては例外中の例外であった。
何せ、中森青子・17歳は、実に中学校に上がるまでの数年間、黒羽快斗を男の子だと思っていた。というか、わざわざ疑う余地もなかった。
普通のやんちゃ坊主を数段上回る悪ガキぶりを発揮していた快斗である。無論、スカートだの女の子らしいひらひらふわふわだのとは縁遠く、常に半ズボンから露出した膝小僧やひじだのに擦り傷と絆創膏をくっつけている子供だった。それでいてその年頃の男の子とは違って女の子にはとても優しかったりしたものだから、非常にもててはいたのだが。
中学校の入学式の数日前、隣の家から聞こえてくる阿鼻叫喚の母子の言い合いの後、空を舞った江古田中学校女子制服に中森青子は現実を理解せざるを得なかった。
そしてあの日から、ココロのはじっこに闇を住まわせた天真爛漫ツッコミ少女・中森青子は誕生せざるを得なかったのだった。
そんなことを知らずかそれとも全て承知の上でか、その後も黒羽快斗(性別・女性)は学ランに粗野な行動とフェミニスト精神を両立させ、誤解と困惑のマーブル模様を今に至るまで発生し続けていたわけだが。
そんな快斗が、セーラー服。
今まで何が何でも女物の服など着たことのなかった快斗が、セーラー服!
その衝撃的な事実に、この重苦しい空気の理由を瞬時に理解せざるを得なかった青子は、噛み付くように幼馴染に食って掛かった。
「何なのよう、なんで今になって着る気になったの!?どうせなら高校生になった時とかにすれば田中先生の髪の毛ももう少しふさふさしてたと思わない!?」
「…つーか田中のハゲは俺の所為じゃねーだろ…?」
「半分以上は快斗の所為でしょ!一年前の写真と比べれば一目瞭然よう!」
快斗の入学当時から随分と毛の量が減った学年主任の名前に、微妙に話が脱線しかけていることに気付いているのかいないのか。二人してぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる中、どうやら本来の方向とは違うところに青子の話が転がりかけた事にしめしめと快斗が思い始めた頃。
「ほほ、それはね中森さん、この万年悪戯小学生に好きな人が出来たからですわよ」
「あ、紅子ちゃんv」
涼やかな微笑みを浮かべ、到底そこらの女子高生には及ぶべくも無い気品を漂わせる少女。既に少女と呼ぶのさえ憚られるような妖艶な魅力を放つ彼女の正体を正確に理解する快斗は、げ、と引き攣った声を零してそろそろと自分の席から後ずさる。
「…ねえ、黒羽君?」
びっくううっ!
そろそろと足音を殺し、自分の存在を思い出されないうちに去ろうとした淡い目論見は見事に崩れ去り、己の名前を呼ばれた快斗はおそるおそる背後を振り向き、へらりと笑みを浮かべた。
「え…えへ?」
「かーいーとー?駄目じゃない駄目じゃないそんな大切なこと一言の相談もなしに!」
「ええ、本当に…わたくしたち、親友だと思っておりましたのに、所詮貴女にとっては路傍の石にも等しい存在ですのね…」
よよ、と泣き崩れる紅子と、ぷんすかと怒り心頭の青子。
どちらもどこまで本気か分からない、という点では一致していたが、快斗にとって煩わしい以外の何物でもない。
「なんでそーなるんだよ!つか俺が誰を好きになろーとオマエらとどー関係すんだよ!」
思わず叫んだ快斗への二人の返答は、いきり立つ質問者に対して非常に冷静かつ的確なツッコミじみたものだった。
「だって快斗のセーラー服、着てるだけでかわいくないんだもん」
「着られている、と言った方が正しくてよ、中森さん」
言われて見ればその通り、残念ながら折角のセーラー服も無造作に足を組み大雑把な仕草を訂正しない以上、どこまでも『女装』レベル以上のものには成り得ていない。
「そんなんじゃその好きな人にも愛想を尽かされるよー」
「せめても中学生レベルくらいには引き上げませんと」
「ぐっ…!」
反論しようにも反論の隙も無い二人の言葉に、ぴしりと固まる黒羽快斗・天下無敵の女子高生兼怪盗。
ははん、と鼻で笑う幼馴染とくすくすと可笑しそうに二人の対比を見比べる魔女。
「ちょっとコレはもう、とことんみっちりレクチャーするしかないよねー、紅子ちゃん」
「ええそうね、この機会にとくと女性としての心構えから教え込むのもよろしくてよ」
「ってちょっと待てテメーら勝手に何言ってんだ俺を巻き込むな!は〜な〜せ〜っ!!」
そんな二人に襟首をひっ捕まれ、引き摺られていく快斗の叫びがこだまする教室と廊下に取り残された人々は、皆一様にこの状況からの脱出にほっと胸を撫で下ろしたのだった。
「…あのう」
ひゅるりら、と冷たい寒風吹きすさぶ屋上のドアを開けかけたところでその寒さに挫折した女子高生3人は、揃ってお行儀悪く階段に腰掛けていた。
その中でも一段低い場所に座らされた快斗は、微妙な上からの圧迫感溢れる視線と着慣れないスカートに足元をもぞもぞさせながら、ちらりと上目遣いに友人二人を見上げた。
「その…?」
何時までも無言のまま見下ろしてくる二人の視線の居心地の悪さに重ねて問うと、ふるふると拳を震わせた青子に襟首を引っつかまれ、がくがくと揺さぶられる。
「…情けないと思わないの、快斗っ!」
「ちょ、ちょい待ち…!」
「待たないわよ待てないわよああもうホントに!何その中途半端な格好!?まがりなりにも『変幻自在の怪盗』の名前背負ってる人間として情けないと思わないの!?」
「あ、青子さん声大き…」
がっくんがっくんと揺さぶられながら、快斗はおそるおそるイヤンな可能性を提示してみるが、思い切り頭に血が上った青子にはまったく通用しそうもない。此処が商店街や中森家の台所とかでなく、ほどよく脂の乗ったぴちぴちのアレでぶっ叩かれないだけマシと思わねばならぬのだろうか。
「あら、大丈夫ですわよ黒羽君。ちゃんと結界張りましたもの」
ほほほ、と笑う紅子はこんな状況でも優雅で美人だ。尤も、それは快斗にとって何の救いにもなりはしないのだが。
「ああああかこさん、そういうことする前にこのアホ子止めて…っ」
「だぁれがアホ子よこのバ快斗っ!折角素材はイイんだから使いなさいよ勿体ない!」
「話題がズレてる、ズレてます青子さんっ…!」
謎の会話を繰り広げる女子高生3名。
誰が聞いたか彼女らこそが、『怪盗KIDと愉快な仲間たち』に相違なかったりなんかした。
元々の発端は、黒羽快斗が亡き父が先代のKIDであったことを知り、その理由を知るために怪盗を始めたことであったが。
その後、怪盗KIDの目的に感付いた欧州のどこぞに在るという謎の魔術師連盟から刺客として小泉紅子が送り込まれてみたり、様子のおかしい幼馴染を心配して(というか思い切り疑って)問い詰めた中森青子嬢に正体がバレてみたり、波乱万丈常に綱渡り人生な快斗であったが、彼女は悪運だけは強かった。
結局、その後快斗の目的を知った紅子とは和解・現在は目的を同じくする同士として共闘関係にある。更に青子に関してはKIDなんて嫌い〜!と騒ぎ続けていた事から、最悪投獄と国外逃亡を覚悟した快斗だったが、予想外の一言でそれも免れる事となった。
曰く、『要するに目的が達成されれば快斗はKIDを辞めるのだから、お父さんの為にもさっさと達成してしまえ』というお達しである。
流石にコレを聞いた瞬間、快斗は『中森のおっちゃん、娘の育て方絶対間違えてるぜ…』と自分を棚に上げた思考を過ぎらせたが、懸命にも口に出すことはなく今現在に至っている。
兎も角、怪盗KIDとして活動するにあたって、彼女たちは快斗の頼もしい協力者に他ならなかった。普段は、年頃の女子高生三人らしく見事な乗りツッコミの漫才トリオ以外の何者でもなかったが。
「で?あ・の・快斗が!セーラー服着るほど本気なヒトって誰なのよ?」
「青子さん…それ最初に聞くところじゃねーかなー…」
がっくり、と肩を落としてさめざめと泣いたふりをしてみたが。
「あらあら、誰かさんがそこまで言われるような素行なのが不味いのではないかしら?」
無論通じなかった。というかもっと鋭いツッコミを受ける始末。
何がどうあっても、警察にもそこらの探偵にも負ける気がしない快斗であるが、この女性陣には勝てる気がしない。というか、弱みも何もまるごと握られている現状では、如何にして被害を抑えるか、が最大の焦点と言えた。情けない事ではあるが。
「ええと…どーしても、言わなきゃ駄目…?」
ちろり、と再び上目がちに此方を見据える二人の顔色を伺ってみる。
しかしそこにあったのは、きらきらとした全開スマイルで威圧感を与える二人の、ハモリも見事な返答だった。
「「だめv」」
「…あ、そぉ…」
かくり、と肩どころか視線もこれ以上ないほどに落下させて、快斗はさめざめと泣きたい気分だった。
普通、初恋(だったらしい、恐るべきことに)についての相談というのはもっと微笑ましく甘酸っぱいものではなかろうか。
にこにこと無言の圧力を向ける幼馴染と魔女を相手に、怪盗業を営む女子高生・黒羽快斗はしぶしぶと恋する相手と己の行状について、洗いざらい話すことにする。
意中の相手を射止めるには、意外と地固めが必要なのかも知れない。
漠然とそんな事を考えながら、遠くで鳴り響く五時間目の授業開始のチャイムの音を遠くなる意識の中でぼんやりと聞いていた快斗だった。
2005.04.14.
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