純情可憐狂想曲
『彼氏彼女の事情』




 工藤新一、17歳。
 とある事件により人には言えないような体験と映画や小説も真っ青の驚転怒涛の数ヶ月間を過ごした後に、その理由でもあった地下組織をひとつ壊滅させて日常生活を取り戻した非凡な経歴を持つ高校生探偵である。
 ところがこの探偵は、その悪辣なほどに回る頭脳と万人を骨抜きにする秀麗な容姿に反比例するように、日常ではすこぶるズレた人物だったりした。
 どのくらいズレているかと言えば、それは先日のとある怪盗とのやりとりからも察せられる通り、こと恋愛感情に関しては小学生レベルを下回っていたりする。少し前まで不本意にも二度目の小学生ライフを送っていた時の同級生にすら呆れられるレベルだったりした。こうなると頭も容姿も宝の持ち腐れである。
 そんな鈍い工藤新一であったが、そんな彼にも一応それなりに良い仲になった女性は存在していた。…まあ、過去形ではあるが。
 それなりに穏やかな関係を築きつつあった幼馴染の少女との関係性は、けれども双方が望んだようには進展する日は結局来る事はなかった。互いが互いを大事に思っていた事は確かなのだけれど、天然記念物的恋愛音痴と万事に控えめ無自覚優等生少女という組み合わせは、周囲が思っていたよりもずっと心臓に悪くじれったいものであった。
 普通の人間が百歩進む間に一歩も進まない彼らの関係、周囲も本人たちも牛歩戦略のようなそれに焦れに焦れまくった頃、予想外の事態によって関係性は怒涛の変化を遂げることとなった。

 すなわち、これまで無関係であった第三者の介入である。

 それまで工藤新一とも毛利蘭とも無関係であった彼は、だからこそじれったいにもほどのある彼と彼女の関係性を知らず、毛利蘭へと接近した。そして、誰もが予想していた未来を覆すように、彼女と相応の男女関係を築くに至ったのである。
 つまりは、工藤新一は己がそうと自覚する前に、淡い初恋になりかけていた幼馴染との関係を、外的要因によって終了せざるを得なかった。周囲は失恋した彼に対して同情的かつ好奇心丸出しであったが、彼的には始まってもいなかった恋愛であるからして『何時も一緒に居たヤツが居なくなってちょっと寂しい』くらいの感傷しかなかった。己と他人の感情に鈍いにも程がある。

 こうして、今まで口うるさく彼を戒めていた幼馴染から微妙な距離を取った事により、今まで以上に事件に首を突っ込むようになった新一であるが、先日の一件では流石にちょびっとだけ反省しないでもなかった。
 怪盗KIDという気障な泥棒が居る。そして、新一はこの泥棒との対決が中途半端であったという事実が非常に気に食わなかった。工藤新一は探偵であり、グレーゾーンのままの怪盗との決着をはっきりさせることは必要に思えた。
 だからこそ、かなりの無茶苦茶をしてその怪盗を捕まえようと画策していたわけだが。

「…おかしくねぇ?つーか、ぜってーおかしい」

 そんな新一の膝の上には、ごろごろと懐くようにして転がる女の子がひとり。
 嬉しい、シアワセ、楽しい、等々。正の感情を駄々漏れにさせて好意を向けてくる彼女…黒羽快斗こそが、怪盗KIDその人であった。
 紆余曲折を経て、とりあえずトモダチ、と関係性を定めた二人ではあったが、無論の事二人の思惑は合致してはいなかった。新一はどうにか彼女との関係性を今までどおりの無関係に近しい場所に持っていこうと画策し、快斗は美人な名探偵とらぶらぶでうにゃうにゃな関係を構築すべく日々口説き中だ。
 その方向性はあけすけで、基本的に恋愛沙汰に疎い新一はいつだって振り回されている。現状だってそうだ。
 あの真夜中の不本意な出会いの後、一晩中今後の対策を考え続けて寝不足な新一はそれでも不承不承学校に行くべく玄関のドアを開けたところでにこにこと笑顔満開な快斗に遭遇することとなった。何処か乖離した思考で『あー、セーラー服…江古田の制服か…』などと考えてはいたが、マトモに思考回路は繋がってはいなかった。
 結局腕を組まれ、学校の手前までくっつかれて歩くという噂の種を振りまいて去っていった快斗に、新一はその後数日間クラスメイトその他に思い切り詰め寄られる事態となってしまった。記憶から抹消したい数日間である。
 その後も快斗は折に触れて新一を強襲し、なし崩しのようにして恋人…までは至らぬまでも友人とも言い難いような微妙な位置に収まってしまった。
 しかも、流石に怪盗なんぞを営む女性である。その発想は突飛で、新一の予想を常に裏切ってくれた。
 セーラー服は制服だからともかくとして(新一は快斗が常にはセーラー服なんぞ着ない変わった子だったことは無論知らない)ナース服、お嬢様風ワンピース、お色気系ミニスカ、OL系スーツ、ピンハ…えとせとらえとせとら。一人コスチュームプレイの様相でありとあらゆる格好を網羅せんばかりのイキオイで新一の前に現れてくれた。
 そして現在進行形の快斗の服装はといえば。
 ゴスロリ。昨今流行…なのかどうかは知らないが、メディアでも時々取り上げられる服装様式は、流石の新一にも覚えはあった。
 ふわりと広がる黒いベルベットのスカート。繊細なレースをあしらった白いブラウス。ウエストのラインを強調するようなジャケットも、そこかしこに装飾があしらわれた下品にならない程度に華美なもの。大き目の襟と袖口には、蒼い石のカフスが光る。
 怪盗KIDの清潔さにも似て、第一ボタンまできっちりと留められた襟元を飾るのは黒のリボンタイ。そういえばこの家の玄関に揃えられた靴も黒革の厚底パンプスだったか。スリッパをぷらぷらさせている足元は、白いニーソックス。
 …客観的に見れば、素材としては極上に可愛い。可愛いが。
「なんでオメー、毎回毎回そんなに統一性がねえ格好してくんの…?」
「え、そりゃあ新一の好みはどのへんかなーって」
 ぱちり、と瞬きをする睫は予想外に長い。きちんと服装に相応な化粧を施された快斗は、ふわりと笑ってみせる様すらどこか人形めいていてしっくりこない。
 コスプレそのものが俺の好みじゃない、と言い切って久しいが、ちっとも堪えていない相手の強引さが人形とは程遠いというのもあるが。それ以外にも。

「…ソレ、似合わねーから二度と着て来んな」
「あれ、お気に召さない?」
「…ああ」

 生きている、相手がいい。

 今のところは鋭意口説かれ中の悪友以外の何者でもないが、それでもこの怪盗が人形みたいになってしまうのは、何か違う気がした。
 ずっと追いかけていた怪盗。するりひらりと逃げられて、だからかも知れない。
 ある日突然、『もうやめた』と言われる気がする。というか、言われるだろうと新一は思っている。本気になるほうがどうかしているし、本気にする方もどうかしている。
 話しているだけでも居心地が良くて、ヤバイな、と思っているのに。
 これ以上彼女に深入りすれば、バカを見るのは自分なのに。

「…テメーみたいなアクが強いヤツが何着たって、オメーの仕事着以上にインパクトがあるもんがあるわけねーだろ」
「そお?」
「…そーだよ」

 白い、怪盗の戦闘服。
 一見優雅な隙のないそれが、彼女を覆う鎧であることは鈍い新一でも気付いている。
 浮かべる笑顔はにせものばかりで、唇が紡ぐ言葉は嘘ばかりだ。

 けれど。
 此処にある熱だけは本物で、こうして笑う彼女の存在も本物だ。
 ちりりと痛む心臓の、わけのわからない感触。ほろりと崩れた幼馴染との初恋未満には、存在しなかったその痛みの理由を、新一が知る筈もなく。
 そして、微笑みを浮かべる快斗の想いの強さだって、知る筈もない。

「…じゃあ、次からふつーの服にする」
「そーしろ」

 すり、と膝に擦り寄る彼女の笑顔が綺麗に見えたことなんて。
 きっと一生、言ってやらない。


 こうして工藤邸で過ごす休日の他愛もない昼下がりは、今後一切コスプレ紛いの服装はしてこないという快斗との約束を唯一の成果に、穏やかに過ぎていったのだった。




 無論、その後『何の進展もなかったしコスプレすんなって怒られたけど、ちょっと新一が優しかった』という惚気なんだかヘタレなんだか分からない快斗の報告に、彼女の頼もしい幼馴染と親友の魔女が揃って『じ、焦れったい!!』とかつての工藤新一と毛利蘭の知り合いのような事を叫んでいたことを追記しておく。
 黒羽快斗の悲願達成の日は、怪盗KIDのそれとも相俟ってどうにも遠いようである。



2005.02.04.


晴海。さんの誕生日祝いに捧げたゴスロリ快斗。
ゴスロリの定義に迷ってゴスロリサイトに迷い込んで更に迷ってみたり
今となってはいい思い出です(笑)
許可を頂いたのでこっちでも公開することにしましたが、
晴海。さんとこのリンク許可が出たら下ろしますんでご了承下さいね〜

比佐 和慧


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