04
「また、厄介なヒトに興味を持ったものね?」
ディスプレイ越しに赤い唇を吊り上げて、絶世の、と称されるに値する美貌の女が揶揄のように問いかける。
余計なお世話だ、と言い返すには少々こちらの分が悪い。何せ、無茶を言ったのは此方の方で、その結果が出てみれば無茶どころか無謀極まりない用件だったのだと理解できてしまうから尚更だ。
『赤の魔女』が快斗に提示してみせた調査結果は、予想をはるかに上回る事態の深刻さを知らしめるものだった。
「…どこまで本当なんだ?」
思わず、そう問うてしまった快斗に一瞬不愉快そうに目を細め、告いで途方に暮れたような相手の表情を認めてくすりと笑みを刻んだ魔女殿は、ころころと涼やかな声で笑って快斗のせめてもの逃避を両断する。
「失礼な人ね、私が貴方に嘘を教えてどうするというの?少なくとも貴方が私を信頼して『依頼』した案件を無闇に悪戯に使う気はないわ」
「だって…なあ」
むろん、これらの調査は快斗一人でも不可能ではなかった。
けれども、かの『青の探偵』の背後にちらりと見え隠れする某国の研究機関の影に、蛇の道は蛇だと割り切った快斗は最も信頼の置ける存在へとその調査の全てを『依頼』することにしたのだ。
何せ、快斗は忙しい。本業副業バイトに趣味、片手では数え切れない仕事を抱えて、それら全てをこなす義務を負っている。
その点、『赤の魔女』の所属する情報機関は素性と金さえはっきりと提示すれば絶対の契約を以って依頼を遂行する。その信頼は双方へと築き上げられて久しいもので、快斗はこの魔女の能力を疑った事はない。
…ただし、人格に於いては相当癖のある人間であるからして、油断大敵なのは事実。故に今回提示されたトンデモ本に匹敵する有り得なさの調査報告書に、快斗はディスプレイの前で繕う事無く片眉を跳ね上げたのだ。
「『工藤新一』、NiCL極東支部第九研究室所属・[8th Coordinater]。
生育初期に第8期アーキテクト・サンプルの希少例『妖精の薄羽』の出現を確認、以後同研究施設にて調査続行中。
研究過程にてナノマシンによる後天的強化実験への親和性を確認、以後旧来の研究と並行して各種ナノマシン実験の臨床サンプルとして現在まで確認できただけで数十種類の特殊強化を施行するも、現在まで発露に至った能力は極少。
彼個人の『趣味』として、『青の探偵』『最深の蒼』等の二つ名でネットワークを渡るもそれらは全て研究所に監視されている状態にある…」
「私も驚いたわ。この探偵さん、よくもまあ今まで生きてたこと」
「…あーかーこー」
内容を読み上げたまま絶句している快斗に、しれっと告げる魔女の二つ名を持つ女。そのいやに冷静な様子に思わず本名を呼んで恨みがましく視線を向ければ、彼女は呆れたようにモニタの向こうで肩を竦めた。
「そんな目で見ないで頂戴、貴方を知っている私に、今更どこを驚けと言いたいのかしら?」
「…あ」
すこん、と自分の足場が頭の中から抜けていた黒羽快斗こと『白の魔術師』は、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
言われてみれば…それはまさしくその通り、快斗とてこの非常識な履歴書持ちの『工藤新一』をどうこう言える人間ではなかったわけで。
そういやそうだったなー、と暢気にプリントアウトした調査書をめくる依頼主に、思わず頭痛を覚えて赤の魔女は溜息を落とした。
「…ともかく、こちらは依頼を果たしたわ。
でも、その調査結果がいつまで有効かまでは責任は持てないわよ」
少々無責任な台詞だったが、快斗はひらりと手を振って了承する。
ぱらりと放り投げた調査書の最初のページで、添付画像の『工藤新一』が固い無表情で此方を見据えていた。
「まーそーだろうな。こんなヤツがいつまでもモルモットのまんま大人しくしてるわけねえし。
依頼料はいつもの口座に振り込んどくよ、『赤』の後継者殿v」
「ええ。またのご利用をお待ちしているわ、次代の『魔術師』様」
快斗の辛味の効いたジョークを、即座に理解して返すその感性は気に入っている。それでなくとも世界をまたにかける情報機関のトップである『真紅の女王』、その正当な後継者たる『赤の魔女』の実力は身びいきなぞしなくても折り紙つきだ。
付き合いもいい加減に長い所為で、それはもういろいろなことを知られたり知ったりしている間柄、遠慮も何ももうあまりない。
出来る事と出来ない事は互いが互いに良く知っていて、だからこそ快斗はこの案件を彼女の手に委ね、彼女は確実な成果を出した。
「…極東地区、ね。
しっかしもう墓の下とはいえ、よくもまあ『極東の電脳調律師』のお膝元でんなことやらかす気になったもんだ」
それは、一世紀近くも語られる伝説。
彼の手にあるすべてが、彼の意志により紡がれる。
そんな不可能を可能にした、電脳世界を今以て席巻する希代の天才プログラマの話。かつてNP極東支部管理官として、その辣腕を揮った男の話だ。
既に彼自身はこの世になくとも、彼の生み出した様々は今も世界に広がっている。だからこそ、実に百年近くの年月が経過して尚、極東地区は電脳世界の住人たちには特別な意味を持っていた。
そんな場所で『妖精の薄羽』の所有者を軽々しく扱う意味は更に重い。ネットワークを介在して一度だけ見たあの蒼の双眸。
正しく、世界を睥睨する眼差し。現在と過去と未来を見通す奇跡の眼は、電脳越しでも決して薄れる事はない。あれを生み出した経緯はこの報告書を見る限り正しく奇跡なのだろうが、あの存在を形成し得た事は更なる奇跡かも知れない。
被験体?モルモット?観察対象?
冗談だろう、あんな目をした男がそんな身分に易々と甘んじているものか。たとえ抵抗を示さなかったとしても、それは抵抗する意思がなかっただけの事。
…これまでは。
「『白の魔術師』を追い詰めたのにみすみす逃がしちまった。あん時は。…けどそれで終わりにはしないよな?探偵君」
たたん、と右脇に位置していた特殊キーボードを叩いて、極東地区行きの航空スケジュールを表示させる。本業副業バイトその他諸々のスケジュールとそれらをつき合わせ、ようやく生まれた空白は明日の午後いっぱい。
「つまんないだろ、そんなトコで籠の鳥やってんのはさ。だったら叩き壊せよ、オマエにはそれが出来るだろ?」
ぽーん、とチケットの手配完了を知らせるアラームが鳴る。
ざっと目を通した内容をスケジュール管理をしている別のPCに移して、僅かに目を閉じる。
理由は様々。言い訳は腐るほどしてみせる。
けれど。
僕が君に会いたいと思った事だけは、嘘じゃない真実。
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小型のノートPCを小脇に抱えたまま、新一はすたすたと急ぐでも慌てるでもなく廊下を歩く。その足取りに迷いはなく、警報が鳴り響きそこかしこの防火シャッターが下りている現状から考えれば異常な程に落ち着いた様子に見えることだろう。むしろ慌てているのはモニタ越しに此方を観察している者たちだろうと想像すると、思わず口元に笑みが零れるのを抑えられない。
「…そろそろ、妨害があってもおかしくないんだがなぁ」
新一を此処から出すなどとは、この研究施設にとっては絶対にあってはならない事だ。少なくとも、工藤新一は自分を過小評価も過大評価もしていない。研究員たちが読み間違えた能力のままであったとしても、法に抵触する人体実験を行った事実は否定できないのだから。
何より、『極東の電脳調律師』のお膝元たる極東地区で、彼に連なるアーキテクトサンプルから作り出された自分を、隠匿し続けねばINPの詮索は避けられない。
INP…インターナショナル・ネットワーク・ポリスは業務の性質上警察を名乗るが、実際はどの組織・国家・団体にも所属しない独立組織である。活動経費すら自身で賄い完全独立採算運営を標榜し、あらゆる権力に屈せず世界中を網羅する各種コンピュータ・ネットワークの健全な存在持続を目的として日夜活動を続けている特殊組織。その主たる活動の傍ら、情報工学の専門研究機関としての側面をも併せ持つわけなのだが。
第八次アーキテクト・サンプリングコードの全容は彼等INPに所有権があり、何人たりともそれを犯す事は許されてはいない。すなわち、このサンプリングコードは永久封印されたに等しいものとなるわけだ。
けれど、『工藤新一』は此処に居る。
だからこそ、彼等にとって新一は諸刃の剣の如く切り札にも弱点にもなり得た。新一自身が拒絶の意思を示すまでは。
ぴたり、と足を止める。
目の前には防災シャッターが下りた通路と、強化ガラスがはめ込まれた窓。地上37階に位置するこの廊下からはどこにも行けぬと、そう予測した故の放置だったかと思い当たり、新一は盛大に舌打ちをしてせせら笑う。
なるほど、其処まで自分たちが作ったモノを見誤ったか。
ならば此処からは遠慮などすまい。挑戦的に蒼の双眸を光らせ、唇を湿らすように僅かに舐める。ちりりと産毛が焼けるような感触を右肘から手首の辺りまで走るのを目を閉じて堪えていると、手首から手の甲、中指の第二関節と薬指の第一関節まで濃紺のナノマシン・コードが浮かび上がる。人類には解読不可能な幾何学模様にも似たマシンコードは、新一の血と肉と骨に同化している微小機械の紡ぐ言葉であり文字でもある。
それを唯一正確に読み取る変質した脳髄を持つ『工藤新一』は、手のひらまで侵食する濃紺を窓ガラスに押し付け、爪を立てた。
「ゲーム、と俺は言ったんだ。楽しませてもくれないなら、さっさとこんな場所からは逃げてやるからな」
ぱきり、とガラスが割れる。
薄いフィルムと極細のセラミック・ワイヤーが編みこまれたそれは、この時代の高層ビルにはごく一般的に使用されている数t単位の衝撃にも耐え得るシロモノだ。
一気に表層フィルムに劣化が進み、次いでガラスの表面に泡立つように亀裂が進む。とうとう外からの空気圧に耐え切れなくなったガラスが消し飛ぶように砕け散り、強烈な風が廊下へと吹き込む。
吹き飛んだガラス片ひとつ浴びず、新一は事も無げに呟くと、窓の桟に手をかけた。
「…第二ステージ、開始だな」
ひょい、と窓枠を乗り越え、軽く残した右手で桟を掴み、その勢いのままに階下の窓を蹴り付ける。これまたあまりに脆く砕け散ったそれをものともせず、勢いを殺す事無く窓を蹴破り36階へと降り立った。
ぱらぱらと服に僅かに付いたガラスを払い落とし、少しずり落ちたノートPCを小脇に抱え直す。きょろきょろと眺める廊下は、残念ながら上階のそれと代わり映えはしなかったが。
「…さて、次はちゃんとお相手してくれよ?」
くすり、と唇に笑みを刻んで。
再び新一は歩き出す。
目指すは、メインコントロール・ルーム。とはいえ、ここまでやる気がないなら問答無用で実力行使してさっさと正面ロビーを突破してやるか、とも考えないでもなかったが、せっかく立てた計画の初志貫徹は必要だろうと思い直す。
秘密裏に立てたタイムスケジュールには26秒の余裕がある。完全に把握していたとはいえ、実際に使用するのははじめてである能力もきちんと稼動しているようだ。
このまま、予想外のファクターが出現しなければ『工藤新一』は晴れて自由の身になるわけだ。
「待ってろよ…『怪盗KID』。今度は絶対逃がさねえ」
ここまで『工藤新一』を本気にさせたのだから、それなりに楽しませてくれなければ、困るのだ。
17年の人生の中で、ひょっとしたら今が一番楽しいかもしれないと思いながら、新一は急ぐでもなく慌てるでもなく歩を進める。
相変わらずフロアに鳴り響くエマージェンシー・コールが少し空々しく響いていた。
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「おわ…予想以上に無茶苦茶してんな、探偵君は」
空港の巨大液晶画面に映る、極東地区のビルにてテロの可能性、というニュースに思わず眉を顰める。快斗は小さく溜息を落として急がないと、呟いた。
ビルは、某国研究機関の所有する研究施設。
遺伝子関連の研究を行うその研究機関に対する抗議的行動かとニュースキャスターと評論家が論じる中、ひとり真相を知る快斗は些か情けない表情で歩を早める。
コレはそんな大層なものじゃない。外から見える想像がどうあれど、実際は自由にならない現状に痺れを切らした子供が、盛大な癇癪を起こして家出を試みているだけに過ぎないのだから。
ただ、普通と違ったのはその癇癪を起こしている子供が、些かならず有能に過ぎたという点だろう。戯れに与えられた脆弱な環境でも、正体不明、確保不能とネットワークに名を馳せた『怪盗KID』、すなわち自身の写し身を捕らえられずとも追い詰める事に成功した唯一の存在である『青の探偵』の所業は奇跡に値する。
快斗に与えられている環境と、『工藤新一』に与えられている環境とではそもそも足場が違いすぎる。これが同等の環境を与えられた上での勝負ならば、きっと勝敗はどちらにもわからない。だからこそ、快斗は彼に興味を持った。
『赤の魔女』に調査を依頼した彼の素性に、更に興味は増す。
ひょっとしたら、自分と同じ場所に立っているのかも知れない唯一の存在にどきどきとわくわくが止まらない。加速する興味は、既に好意にすり替わり始めている事を自覚する。
「…だって、はじめてだったんだ」
あの、邂逅の一瞬。
自分は自分でなく、また相手も相手でなく。けれど確かにお互いで。
『青の探偵』の双眸は其処に有り、『白の魔術師』の魔法は其処に有ったから、自分たちにとってあれはヴァーチャルではなく確かなリアルだったはずだ。それでなくては此処にある、この感情に名前が付けられない。
馬鹿じゃないのか、とか血迷ってるんじゃないか、という自己への問いかけは何度も繰り返した。それでも出ない答えに、一人で駄目なら二人なら出せるかも知れないと思って極東まで行こうとしている。
発行された航空チケットを自動改札に通し、金属探知機が組み込まれたゲートを潜る。一昔前よりは緩くなったとはいえ、空の交通に対する警戒は地上のそれよりはやはり高い。何度使っても慣れない、と溜息を落として、快斗はエコノミークラスのシートに深く背を預けた。
テロの可能性、とニュースが報じたのはおそらくは。
「…名探偵のルート、なんだろうなあ…。使えるモンはなんでも使う気だよ、アイツ」
これまで警察、すなわち司法の側に付いていたのも正しくこの一瞬の為なのだろう。誰が気付かずとも快斗にはわかる。
『いつか出て行く』事は彼にとっては決定事項であり、それを快斗の存在が揺るがしたとしてもいずれ訪れる事項を僅かに早めたに過ぎない。その為に彼は綿密に自身の足場を構築し、与えられた玩具のような環境の中でも抗えるだけの現状を作り出したのだろう。…荒っぽいにも程があるが。
僅かに目を閉じる。
視界から入る情報量が減るのと引き換えに、脳内に流れては消える情報が一気に増大していく。快斗にとって、通常の人間がインターフェースユニットを介して、更にダイヴインアプリケーションを行使してようやく降り立つ事が可能となるサイバースペースは常にリンクした状態にあるもうひとりの自分のステージだ。
其処にある全ては彼の『写し身』を通じて常に快斗自身にフィードバックする。ただ、二人分の情報量を生体脳では処理しきれず必ずどちらかに意識を集中させねばならないのは難点だったが、それも同様の能力を行使する人間がいない以上些細な欠点だ。
瞼を閉じた眼球が伝える、リアルな視覚ではない別の感覚が伝える映像は、無限の空間に鮮やかに広がるグリッドライン。
はためく白の色彩は、巧みにさばくマントの色。
ギアを切り替えるように本体からヴァーチャルスペースの『怪盗KID』へと意識をリンクさせた快斗は座標転移のコマンドワードを小さく呟いて夜のように暗い空間を駆ける。
エアバスの極東到着まで、一時間二十八分。
それまでに、傍若無人な『工藤新一』の現在位置と正確な情報を把握せねばならない。彼の事態が収束するのに、間に合うかどうかはかなりギリギリではあるが。
「…怪盗KIDに、不可能はないんですよ?」
音声にならないノイズのような呟きをひとつ残して、正式回線からアンダーラインへと模擬体をシフトする。ちりちりと纏いつくファイアウォールは触れる端から無効化して、追い縋るウィルスは一瞥するだけで払い落とす。
こんなものじゃ足りない。欲しいのはたったひとつのスリル。
白いエナメルローファーが、かつりとひとつラインを蹴った。
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こちらに向けて拳銃を構える保安員たちの腕がかたかたと震えている。
そんなんで照準定まんのかよ、と呆れ混じりで歩を進める新一へ向けられた銃口はひとつやふたつではなかったが、彼等にはもはや対象に向けて発砲する、という選択肢は存在しないようだ。
先を急ぐ新一にとっては、既に彼等の存在は邪魔な障害物でしかない。喘ぐようにせわしい呼吸を繰り返す保安員を一瞥し、固まっている彼等の脇をすり抜ける。そうして淡々とメインコントロールルームへと足を進める新一の背後から、搾り出すような声が鼓膜へと届いた。
「ば、化け物…!?」
怯えと、怖れと、嫌悪と拒絶。あらゆる負の感情がない交ぜになったような声に、新一はくつりと笑みを零した。自分たちで作っておいて、手に負えぬとなれば化け物扱いとは都合のいい事だと嘲るように唇を吊り上げ、けれでも振り返る事無く投げつけた言葉はただひとつ。
「…あー、そーかもな?」
ひっ、と息を呑む声が幾つも背後に落ち、けれどもやはりこれ以上の鉛弾は飛んでは来なかった。まあそりゃそうかと少しばかり破れて煤けた己の服を見下ろし、17階の防火シャッターに勢いよく右足で蹴り付けた。
ごうん、と金属が振動する鈍い音が響き、インパクトの一瞬から間を置かずして蜘蛛の巣のように微細な幾何学模様がシャッターに走る。まるでペンキを塗り替えるように鈍い鋼色だったシャッターが黒ずみ、赤茶け、やがて自らの重みに耐え切れぬようにざらりと崩れて落ちるまでにかかった時間は約数秒。
「18階、攻略完了だな」
ただの錆びた鉄粉の山と化したシャッターを踏み締めて、新一は目の前に広がった階段を見据える。相変わらずタイムテーブルには余裕があるが、それでもここまで順調に行き過ぎている事に危惧を覚えないわけではない。外の様子まではわからないが、自分の撒いた情報が確実に伝播している事実を疑うわけにはいかない。
それが根底にあってこその計画だ。でなければ、正義の味方を標榜するわけでもないのに警察なんぞに苛々しながら手を貸してきた意味がない。
現在まで、小脇に抱えたままのノートPCの出番はなかった。無論メインコントロールルームまで取っておければそれに越した事はないが、それでも上手く行き過ぎている現状は不信感を以ってあたるべきだろう。
「…ちょいとスピードアップ、しとくかな」
たん、と床を蹴る。軽い動作だが、其処に生じる力学計算は既存概念を明らかに逸脱する。手すりを軸にふわり、と浮いた身体が移動する距離と、その痩身に耐えられるとは思えない衝撃も淡々と受け流す。実に一階分を軽々と跳躍することで瞬時に移動してみせ、着地した勢いを殺すことなく一気に駆け出す。
速度自体は常人より少し早い、コーディネイト・ヒューマンならば通常有り得る程度ではあるが、あくまで『ちょっとした短縮』程度の意味しか持たせていない以上どこまで彼が本気なのかは不明ではある。
この大脱走を『ゲーム』と定義した意図を理解するものが未だ存在しない事実に少しだけ不満を覚えながらも、新一は一直線にコントロールルームを目指す。
チェックメイトは、もう直ぐそこに迫っている。
つづく。
2005.04.21.
B A C K * / H O M E * / N E X T *