油断 side:K
注)このお話は『夜の30のお題』小噺、02「油断」及びside:Kの続きです
そちらをお読みになるのをオススメ致します。
どうしてこんな事になっているんだろう。
真剣に己の今後を模索しながら、怪盗KIDこと黒羽快斗は深く深く溜息を落とした。とりあえず、現在の己が夜を駆ける正体不明・確保不能の怪盗紳士だとはあまり思いたくなかったのはせめてもの父親への謝罪だったかも知れない。
何はともあれ、現状はあまりにも悲惨で情けない。
「こらーきっど!俺というモノがありながら、ドコに意識飛ばしてやがる!!」
「あー、はいはい…」
へにゃりと引っ付いて管を巻く、どうしようもない酔っ払いが一匹。
そろそろ呂律も怪しいというのに、その右手はしっかりと赤いネクタイを握り締めたまま離してくれない。
先ほどこの酔っ払いに散々に追い掛け回されてじっとりと滲んだ脂汗はそろそろ冷えて悪寒を覚えるほどだというのに、肝心の張本人はちっとも気付いていないらしい。
正直、目的のものではなかった獲物は返したものの未だ自分はお仕事着のままだったりするので、早く着替えてさっさと帰りたい。帰りたいのだが、この我侭放題な酔っ払いは無論そんな事を許してくれるはずもなく。
「あのねえ、名探偵?アンタだって早く帰らないとマズイでしょーが」
明日、平日なんだよ?学校、もう休めないんでしょ?
溜息混じりに告げた言葉に、しかし返ってきた返答はすこぶる簡潔な否定。
「やだ」
「やだじゃなくってね…」
「や・だー!」
帰らねーぞ帰るもんか、帰るんならオメーも一緒だ!などとどう解釈して良いのか分からない我侭を叫びながら、ぐいぐいとネクタイを引き寄せ直接快斗の肩にがばりと抱きつく。酒の匂いと新一自身の淡い体臭に、くらりとしたのはどうしてなのかはあまり考えたくは無い。少なくともそこまで分別がないとは、己の事ながら悲観視はしたくなかったというのも、あるかも知れない。
「ほらめーたんてー、俺を捕まえに来たんだよな?そんで俺アンタに捕まったよな?
だからもう今日の追いかけっこはお終い、さー帰ろうぜ?」
「…むー!」
不満です、と顔中に描いてあるような脹れっ面で、新一はぎゅうぎゅうと快斗に抱きついてくる。はてさてこの傍若無人で可愛い、しかし一筋縄ではいかないイキモノをどうするべきかと思案する快斗の表情がどうにも複雑なのはご愛嬌だ。
一応、黒羽快斗は工藤新一の恋人である。
怪盗と探偵、という隔たりはあるものの、それでも一番深い場所で密接に繋がる恋人の筈である。
酔っ払った恋人、というのは正直はじめて見るが、それすら新しい一面として受け入れられるほどには快斗は新一を好きでいるつもりだった。だったのだが。
「…わかった」
「ああそう、漸く分かってくれ…」
「わかった、だから第二ラウンド!!」
「ああ第二ラウンド…って、はあ!?」
ぱっ、と快斗から手を離し、酔っ払いとは思えぬ俊敏な動作で新一は踵を返す。ああこの人は本日はどうしようもなく酔っ払ってはいるが有能極まりない名探偵だったのだと思い知らされる迷いのなさで反射的に伸びた快斗の指をかわし、危うげなものなど何も無い足取りで路地裏を駆け抜ける。
「ええ!?ちょ、新一っ!」
あまりに唐突な展開についていけない快斗がはっと我に返るまでほんの数秒。その数秒で見失いかけるほどの俊足は見事だが、問題はそんなところにあるのではなくて。
慌てて追いかける怪盗装束のままの快斗をちらりと振り返り、新一はぺろりと舌を出して叫ぶ。
「悔しかったら捕まえてみやがれ!!」
「…んな無茶苦茶な!」
あのふにゃふにゃした酔っ払いっぷりは何だったんだと言いたくなるようなブレも狂いもない力強い足取り。サッカーで鍛えた俊足は今も健在で、それなりに常軌を逸している筈の快斗の足でも追いつけるかどうか。
再びじわりと滲む冷や汗を感じながら、快斗は重苦しい吐息を吐き出した。
今日は、厄日だろうか。
2006.08.13.