wizard of twilight


 その痩身に、常に纏うは闇の如き漆黒。
 すらりと伸びた背筋、優雅と称するべき立ち居振る舞い。
 呼吸よりも自然に気品を漂わせ、凛とした藍の眼差しで世界を睥睨する。
 常に所持する分厚い魔法書と、裾を引き摺るほど長い黒の術衣。そうしてその他大勢に埋没してもおかしくない没個性の出で立ちの中で、ただ一人彼だけが人目を引く。
 良く通る声で、囁きの如く紡がれる呪文の一欠けらさえ、世界が聞き逃す事はなく。
 その指先が描き出す一片さえも誤る事は無い。
 故に人々は称する。
 魔術に携わる者たちにとって、唯一無二の尊称を以って彼を称える。
 闇夜の如き出で立ちと、対になる鮮やかな月夜の瞳。
 打てば響く知性と、深い魔術の造詣。
 希少魔術の使い手である未だ年若き青年を、かの同年の軍師共々『東雲の双頭竜』と呼ばわる一端。
 宵闇の魔術師、言霊使い…あらゆる魔術の司に称するべき名は数あれど。
 彼を称する最も有名な名は、ただひとつ。

 ぱたり、と手にしていた本を閉じ、僅かに重い瞼を押さえる。
 ちりちりと油の焼ける匂いに混じって、そこかしこに積んだままの薬品類の独特の臭気がする。
 急ごしらえの天幕ではあったが、この稀有な魔術師にとっては何処だろうと己の居場所と定めた場所を構築するのは容易いものだ。
 ふう、とひとつ息を吐き出して、ゆるゆると徹夜明けの重い瞼を持ち上げながら呟いた。

「また、か…」

 かしゃり、と天幕と外界とを隔てている厚布を持ち上げる。改良を加えられ細い鉄芯を含むそれは、布と合わせてわずかに重い。
 高地の朝の冷え込みに黒一色の術衣の襟を掻き合わせ、青年は魔術師らしく唇だけで保温の呪文を唱える。
 僅かに軽減された寒さに薄く笑みを浮かべると、さくさくと岩場とほんの少しの緑を踏み締めながら歩を進める。霧にぼやけた周囲の中で、どうやら目的の人物を見つけ、少しだけ足を速めた。

「…なにやってんのさ、新一」
「あ」

 たらり、と冷や汗を垂らすのが見えるような態度で振り返る東雲の主席軍師に、同国の宮廷魔術師はにっこりと笑って詰め寄っていく。
 ああ、とかうう、とか唸りながら後じさりかけた手を掴んで留めると、有無を言わさぬ声で耳元に囁く。
「なぁにをしてるのかなー工藤さん?」
「…見逃せ快斗っ!俺は悪くないーっ!!」
「悪くなかったら逃げなくてもいいでしょーが」
「だって目が、目が笑ってないじゃねーかよーっ!」
 ちょっと涙目になりながらじたばたと暴れる軍師殿を巧妙に押さえて、宮廷魔術師の第一席である黒羽快斗はにっこりと笑ってダメ押しする。
「うん。だって俺、めちゃくちゃ怒ってるもん」
 こーんな朝っぱら早くから、ヒトを叩き起こすような大声出すなって何度も言ったよね新一さん?
 大掛かりな術式の準備で徹夜を余儀なくされ、明け方ようやく眠りに入るところだった魔術師である。
 軍師の魂の叫びによって見事に叩き起こされた為…そりゃあもう作った笑顔の奥で不機嫌だった。
 その不機嫌さと、同時に舞い降りる災厄を誰より良く知る軍師・工藤新一はふるふると震えつつ、引き攣る笑顔で己の腕を取り押さえる魔術師の顔を覗き込んだ。
「えと…その、黒羽さん?」
「何でしょう、工藤さん?」
 にっこり、と笑うその目は、やはり笑っておらず、次の言葉に卒倒するほどの恐怖を覚える。
「別にね、いいんだよ新一が学習しなくても。
俺の頭ん中には実地試験待ちの呪文がいつでもいくつかあるわけだし」
 いやー楽しみだねえ、工藤さん?
 どこかウキウキとした響きの快斗の言葉に、本気で泣き出しそうになりながらごめんなさい、もうしませんと連呼する新一を楽しそうに引き摺って。
 黒一色を纏う魔術師は、己の天幕に姿を消したのだった。

 黒羽快斗。
 敵味方を問わず、呼ばれる二つ名は数あれど、この稀有な赤を冠する軍師が与えたそれこそが、最も知られる彼の別称。

 称して、『漆黒の魔王』。

 その名に相応しい甘くとろけそうな、けれども背筋が凍るほど危険な笑みを浮かべる、目の前の不機嫌大王。
 うっかりと地雷を踏んでしまった新一は、あくあくと声にならない唇の開閉を繰り返しつつ、これから起こる有象無象に耐えるべくぎゅっと目を閉じたのだった。

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2005.07.01.

H O M E *