比佐のオフ友、多岐小桜様より頂きましたv
怪盗紳士と女子高生探偵 〜はじめの一歩〜
パタンと自室のドアを閉じて、事件帰りの探偵は溜息を一つ。
手探りで照明のスイッチを押そうとした指が、起床時に開けたままになっているカーテンの向こう…窓の外に翻った白に、止まる。
月明かりに映える純白が、夜闇にふわりと翻る。夜の空を自在に駆ける怪盗紳士は、軽やかに目当てのベランダへと降り立った。
口元にあるかなしかの微笑を浮かべて、怪盗は窓ガラスをノックする。
「こんばんは、名探偵。」
返事も待たずに窓を開け、胸に手を当てて一礼した怪盗は室内の存在へと挨拶を送った。
「…お疲れのご様子ですね。」
「分かってんなら帰れ。」
優雅に一礼する怪盗に目もくれず、というか好敵手である怪盗が自室を訪れたというのに、理由も聞かずに探偵は一言で切り捨てた。
深夜と呼ぶには少し早いが、決して宵の口とは言えない時間に制服姿で自室の照明を付ける。多忙な探偵とはいえ、そんな生活習慣は毎日のものではない。
事件帰りであると気付いて気遣う怪盗に、探偵はゆっくり休ませろと言外に要求する。
「申し訳ありません、名探偵。存じ上げていれば、ご遠慮したのですが…。用を済ませましたら、すぐにお暇しますので少々お時間を頂けますか?」
事件の度に、この探偵がひどく疲弊する事を怪盗は知っていた。
事件の大小に関わりなく、その度合いに差はあれど変わらない。無惨に未来を奪われた被害者を思い、それを奪った加害者でさえ尊重して救おうと努める探偵だからこその、疲弊。
口にした謝罪は口先だけではなく、心からのもの。だからこそ、本当なら早く休んで貰いたい。それでも、もしかしたらと思うから。怪盗は自分の我儘を押し通す事にした。
軽く首を傾げてお伺いを立てる怪盗に、探偵は内心であれ、と思う。
疲れているから相手は出来ないと言っているのに怪盗があえて請うてくるという事は、何か重大な用ではないのだろうか。
「何の用だ?…ああ、そこじゃ話しにくいし、入れば?」
三月も半ばとは言え、外気は未だに過ごしやすいと言うにはほど遠い。外から帰ってきたばかりでコートを着ている自分はともかく、飛んできたであろう怪盗は、さぞ冷えているに違いない。そう思ってベランダからの入室を許可したのに、怪盗は逆に尋ねてきた。
「ああ…気が回らず、申し訳ありません。名探偵…もしや、お寒いですか?」
「いや。オレはコート着てるし、外から戻ったところだからな。別に。」
探偵の回答に、あからさまに安堵の息を吐いた怪盗は、ならばと首を横に振る。
「そんなわけには参りませんよ。このような時間にお邪魔しているだけでも問題ですのに、寝室に入るなど…怪盗紳士の名が廃ります。」
さらりと探偵の誘いをかわした自慢のポーカーフェイスの下では、泣きたい気持ちで怪盗は絶叫していた。
(なんっでこの人、こんなに警戒心がないんだよ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!)
その一方で、外に出れば一山いくらで売れそうな尋常でない量の巨大な猫を被り、周囲を警察関係者に固められていても決して警戒を解かない探偵に、自らのテリトリー内だといえ無警戒に怪盗を招くという、無意識下の信頼を示すような行為が嬉しくないはずもなくて。
(うぅ、複雑…。あ、でも待てよ俺。これは俺的に希望持っても良い状況だよな?)
「はぁ…?まぁ、オメーが良いなら構わねぇけど。それで、用件は?」
「最近、名探偵が私の現場にお出で下さらないので、ご機嫌伺いに参りました。」
「こンの…バ怪盗ッ!!」
怪盗が科白を言い終わらない内に、駆け寄った探偵は黄金の右足を振り上げる。それをひらりと躱された探偵は、悔しそうに歯噛みして罵倒する。
「オレは疲れてんだ、バーロー!下らねぇ用件で怪盗がわざわざ探偵の家に来るんじゃねぇ!!」
続けて第二撃。やはり躱される。
「ちょ…ちょっと落ち着いて下さい、名探偵!」
マズイから…その格好で蹴りをかましてくれるのは、いろんな意味でマズイから………ッ!(号泣)
怪盗の、泣きが入った心の声を知るはずもない探偵の怒りのボルテージは、怪盗が攻撃を躱す度に上がっていく。すっかり意識からすっ飛ばしてしまっているようだが現在、探偵が身に付けているのは帝丹高校の制服。
躱さなければ命に関わるというのに、怪盗は攻撃を躱す事だけに集中出来ない理由があった。先程から怪盗は、どうしようもなく目のやり場に困っているのだ。なぜならば。
「名探偵!その格好で蹴りを繰り出すのは、お止め下さい…ッ女の子でしょう…!!」
攻撃が繰り出される度、ひらりと翻るミニスカートから覗く足は、素晴らしい脚線美を描いている。見てはいけないと思いつつ、怪盗も健全な男子高校生。やはり無関心ではいられない。それが好きな相手ならば、尚更だ。
一瞬、ばっちり見てしまった太股(←しかも内側)に気を取られて、怪盗は蹴りを躱し損ねるところだった。それを喰らっていれば、怒り心頭の探偵によって警察に突き出されていたか、探偵の主治医へ実験体として進呈されていたか。もしかすると、存在自体を抹殺されていたかも知れない。いずれにせよ先代は息子の不甲斐なさに、草葉の陰で泣いたに違いない。
工藤新一、十七歳。
日本警察の救世主との呼び声も高い、帝丹高校に通う現役女子高生探偵である。
世界を股に掛けて活躍する小説家を父に、往年の世界的大女優を母に持ち、両親から並はずれた頭脳と美貌を受け継いだ少女は、しかし頭脳はともかく、己の容姿が周囲に与える印象やら影響やらというものに無自覚で、更に自身が女性である事実にさえ全く頓着していなかった。
月下の奇術師の異名を取る怪盗が恋い慕う、花も恥じらうお年頃であるはずの探偵は、必要とあらば男相手にミニスカートで蹴りを繰り出せる、乙女的な恥じらいとは無縁な人物なのである(←むしろ非常に漢(おとこ)前だ)。
「誰も、手ぶらなどとは申しておりませんよ…!」
話は最後まで聞いて下さい!!
悲鳴のような怪盗の声に、探偵はぴくりと反応する。四度、足を振り上げようとしていた探偵は、何事もなかったようにベランダから室内に戻ると、尊大な態度で腕を組んで怪盗と相対した。
「そう言う事は、先に言え。」
「言う間もなく、名探偵が攻撃をなさったんでしょう…。」
とほほな気分で怪盗は、どこからともなく取り出した手の中の白い封筒を探偵へと差し出す。
「ん…予告状か?」
「はい。こちらは名探偵用にお作りしましたから、ご満足頂けると思いますよ?」
次の仕事の予告状を渡し、更に警察宛のそれよりも難易度が上だと言外に告げれば予想通り、探偵は嬉しそうに目を輝かせた。自分がその顔を引き出せた事が嬉しくて、怪盗は笑みを深くする。目的は達し、それなりの成果も上げた怪盗は、居住まいを正して一歩下がる。
能力の割に望みの低い怪盗が現在、手に入れたい幸せは非常にささやかだ。それはもう、ティースプーンにすり切れ一杯で満たされてしまうほどに。あまりの小市民振りに、世間の大抵の人は呆れ返る事だろう。
「それでは名探偵、そろそろお暇させて頂きます。」
「なんだ、もう帰るのか?どうせだからコーヒーぐらい淹れてやるぜ。」
怪盗特製の暗号は予想以上の効果をあげたらしい。打って変わって上機嫌になった探偵は、にこやかに怪盗を室内に招いた。
その微笑みにくらりと理性が傾きかけるのをポーカーフェイスの下に押し込めて、怪盗は心の中で念仏よろしく『KIDは怪盗紳士KIDは怪盗紳士KIDは怪盗紳士KIDは……』と(特に紳士の二文字を強調して)ひたすら唱えながら、嘆く。
(俺の言葉の意味を、さっっっぱり分かってねぇのか名探偵…ッ)
推理はあんなに冴え渡るのに、何故こうも天然なんだと問い質したい。いや、実際にやりはしないが。自覚がないので無駄な上、そんな事をして自分にばかり余計な警戒心を持たれでもしたら、笑えない。
発作的な衝動を吐き出す代わりに、怪盗は下がった分だけ探偵に近寄ると、怪盗紳士らしく優美に微笑んで囁いた。
「ですから。こんな夜更けに、私などを寝室に軽々しく招き入れてはいけません、名探偵。…事件でお疲れでしょう。今夜はゆっくりお休み下さい。」
それでは、と一礼しながら、きょとんとした面持ちで立ち尽くす探偵の手を取って口接ける。そのまま身を翻してベランダの手摺りに身軽く飛び上がり、ハングライダーを広げる。飛び立つ直前に、怪盗は肩越しに愛しい探偵を振り返った。
「ご機嫌よう、名探偵。おやすみなさい。」
夜空に、白い鳥が滑るように飛び立って、あっという間に遠のいていく。
それを見送った後、窓とカーテンを閉めて施錠をした探偵はベッドに座り込んで早速、手渡された予告状の封を切った。嬉々として暗号解読に勤しみ始める。
探偵にとって『女の子』とは愛でるものであり、護るべきものと認識されている。自分がその範疇内に入っているなどとは、毛ほども考えていない。むしろ、自分は男性の範疇内だと思っている節がある。その端的な証左は、女の子扱いを極端に嫌う事に現れていた。
そして、そんな彼女に(多分、不幸にも)恋してしまった怪盗は、恋愛の『れ』の字にも興味のない(きっと自分には無関係な、火星辺りで起こっている現象だとでも考えているのだろう)探偵に振り向いてもらう為の努力を、己に誓ったのである。
まずは探偵に自身が女性である事を自覚してもらい(そこから…?)、自分が異性であると認識させて現在の、探偵的には同性同士(泣)だと考えているに違いない関係からの脱却を図る事から始めようそうしよう!…というわけで怪盗は今夜、その計画の端緒として工藤邸を訪問した次第なのだ。
「ん〜…あ、ここがこうか…?…で、こっちがここに掛かって…あれ?あ、これはフェイクか…えぇと…」
…………なのだった…の、だが。
肝心の探偵は、暗号解読に夢中になって、怪盗に女の子呼ばわりされたり、さりげなく女の子扱いされた事など、その優秀なはずの頭脳から見事に消去しまっている模様である。
計画の端緒を怪盗が掴めるのは、一体いつになるものか。計画の完遂まで、先は果てしなく遠そうだった。
……いっそ、最初に告白しちゃった方が早かったんじゃありませんか?
2005.03.29.
イヒ、イヒヒv
とうとうディープなヒト改め多岐小桜さんから貰いましたよ快新!
しかも新ちゃんおにゃのこ話!
激しく萌えたので、皆様にも萌えのお裾分けです。