純情可憐狂想曲 魔法の言葉
黒羽快斗(職業女子高生兼怪盗)が、正式に工藤新一(職業高校生兼探偵)とお付き合いするようになって約1ヵ月と半分。
短い、といえば短い期間だが、毎日顔を合わせている人間としては十分に長い期間だ。これ以上ないほど幸せに笑み崩れた幼馴染の面倒を、自分はもう十二分にみてきた筈だと中森青子は拳を握り締めた。
「ねえ、快斗…」
「ん?なんだよ青子」
相変わらず快斗のセーラー服は着られている状態で可愛くないし、その口調も態度も変わらない。少しは女の子らしくなるだろうか、と期待した己がバカだったと、まあそこは譲歩してもいい。
だがしかし。
「いい加減我慢ならないから言うけどね!その危険なエロ妄想、ところ構わず垂れ流すのはやめなさい!」
「ところ構わずとは失敬な!新一の前ではんなコト言わねーぞさすがに!」
「だから逆だって言ってんでしょーっ!!」
そう、この幼馴染ときた日には。
毎日毎日毎日、彼女の恋人に対しての有害指定な卑猥妄想を駄々漏れにくっちゃべってくれるのである。ある意味男子のこっそり為されるグラビアアイドルやAV関連の猥談よりも開けっぴろげで対象が身近なだけにタチが悪い。
「だってよー、新一が悪ィんだぞ?あんな美味しそーな首筋晒してヒトの前で無防備に寝こけてくれたり、ちょっとした拍子にほっそい足首見せ付けたり!
こりゃ俺に襲ってくれって言ってるよーなモンじゃねーか!我慢している俺を褒めるならともかく非難される筋合いはねーよ!!」
「だったら快斗一人の腹の中に留めなさいよ!そんな話を聞かされるこっちの身にもなりなさいな!」
「…はっ、まさか俺の新一にちょっかい出そうとか考えてたりしねーだろうなオイ、ダメだぞアレは俺んだからな!」
「こぉんの…バ快斗ーっ!!」
ごいん、と素敵な音を響かせて、青子は快斗の後頭部を殴りつける。問答無用の反射神経を有しているはずの女子高生怪盗も色ボケしていたのか、避けることさえなく机に突っ伏して動かなくなった。
「全く…快斗には羞恥心とか常識とか女の子らしさとか、諸々が致命的に足りてない気がするわ…」
はあはあと息を切らせながら、青子はようやく大人しくなった有害スピーカーに溜息をひとつ落とした。何が恋人には言わない、だ。そういう事は寧ろ当人にこそ言うべきではないのか。その結果ふられたとしても知ったことではないが。
快斗の恋人は、確かに美人だ。
初めて間近で見た瞬間、青子ですら『美人』としか認識できなかったくらいは美人だ。彼女である快斗よりも色っぽいのはどうかと思わないでもなかったが、とにかく綺麗なヒトであることだけは間違いない。
どうしてそんな美人がこんなバカと付き合う気になったのかは不明だが、まあその辺りには二人にしかわからない何某かがあったりするのだろう。これぞまさに…
「…『割れ鍋に綴じ蓋』」
「ああそうソレ…って紅子ちゃん!」
「おはよう、中森さん」
涼やかに告げる声の主は、クラスメイトにして秘密の共有者。そして、どうしようもない幼馴染への協力者でもある小泉紅子だった。長い黒髪と問答無用の美貌は今日も変わらず、ふと向けられる微笑みに青子もまた満面の笑みを返した。
「ってぇ…!ヲイ青子!いきなりなんてコトすんだよ!!」
「あ、快斗。まだ生きてたの」
よろり、と起き上がった女子高生もどきな友人に、けれども幼馴染以上に魔女は容赦がなかった。
「ほほほほ、いやあね黒羽君。貴女の甲斐性がないのをこんなところで愚痴られても困ってしまいましてよ?
それは『大層魅力的な』恋人ですものね、『貴女以外に狙っている輩』が『山のように存在している』のは仕方ない事…
その中で『貴女が特別だという確証が無い』のは貴女の責任、私たちに当たられてもどうしようもなくてよ?」
見事だ。見事なまでの言葉のナイフが快斗の弱い部分を抉っている。
己には出来ない鮮やかな手管に青子は思わず目を見開き拍手を送りたい衝動に駆られながら、止めを刺された快斗が再び机の上にばったりと倒れこむのを見守っていた。
己の机に突っ伏したままの有害怪盗はまだ復活の兆しは無い。
怪盗の卑猥な言葉に汚された爽やかな朝の復活に、二人は顔を見合わせてにっこりと微笑んだのだった。
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工藤新一の日常は、事件さえ入り込まなければそれほど波乱万丈なものではない。
まあそもそも普通の人間は事件に遭遇という事自体が稀なわけだが、それは彼の事件体質から仕方の無い事だと周囲の人間には認識されている。
朝起きて、寝惚けながら登校し、適当に授業を流して下校する。それは普通の高校生となんら変わるところは無く、工藤新一自身もさほど己の事を特異だとは認識していない。
毛利蘭が彼氏を作った辺りから少々身辺的に騒がしくなったりはしたものの、基本的に鈍い彼の事である。言い寄られている事すら認識出来ず、時折言い逃れが出来ない状況で告白されても暖簾に腕押し、相変わらずのマイペースで工藤新一は事件交じりの己の日常を過ごしていた。
ところが、そんな新一がここのところ少しおかしい。
溜息混じりに窓の外を見つめていたり、どこか真剣な表情で己の幼馴染に相談をしていたり。大真面目に女性向けのファッション雑誌を捲りながら天井を見上げ、やはり溜息。
「新一…そろそろ決めたら?」
呆れ顔の蘭を見ようともせず、ぺらぺらとページを捲くる新一は真剣そのものだ。それほど真剣に選んで貰えれば、本望だろうと思うほどには。
「だって、アイツだぞ!?あんな現代日本に生息していることが謎な生物の誕生日なんて、、どーやったら喜んで貰えるんだよ!!」
「本人は何か言ってなかったの?」
「俺が欲しいとか食わせろとかわけのわからんことは言ってたが…俺の料理なんか絶対喜ばれる類のモンじゃねーだろ?」
「うーん、それは私も賛成かなー」
「だろ?あー、どうすっかなー」
がたたたっ!
唐突に聞こえた机を倒す音や椅子から転げ落ちる音、そんなものにびっくりして新一と蘭はぱちぱちと目を見開いた。
ぱくぱくと口を開閉して詰問も出来ないクラスメイトに代わって、こめかみを押さえた鈴木園子は呻くように親友とその幼馴染を交互に眺めて皆が告げたかった問いを発した。
「ちょっと待って新一君…アンタ恋人居たの?」
こっくりと頷く工藤新一は、絶対に状況を理解していない。
この朴念仁に恋人が出来るとは驚きだが、絶対に言い寄られて口説かれて気付いたら恋人の座に収まっていたというのが事実だろうと確信する園子は、ぱちりと目を見開いて「スゲーな園子、どうして分かるんだ?」などと告げる様子から、更なる頭痛を覚えて眉間を押さえる。
「…聞きたくないけど一応聞いとくわ、相手はまさかヤローだったりしないわよね?」
「人間の範疇に納まるかどーかもわからんが、生物学上は女性だな」
その返答に更なる困惑と動揺が教室じゅうに走ったが、最後の言葉に何故か安堵の溜息が零れた。
わけのわからない周囲の空気に片眉を跳ね上げながら新一は首を傾げる。
「なんなんだよ、俺に恋人が居たらおかしいのかよ」
おかしいからこんな空気が充満しているんだ、とは皆喉まで出掛かったが流石に口にする事はなかった。
その代わりに、勇気ある代表者・鈴木園子は頭痛を堪えながら皆思ってはいたが口に出せなかった言葉を天然ボケ探偵に向けて投げつけた。
「いいから、アンタはもう何も考えずにその子の誕生日祝ってらっしゃい。適当なケーキに適当なプレゼント抱えて、ついでに二人っきりで一晩過ごせば十分ってヤツよ。ああもう馬鹿馬鹿しい」
「わけわかんねーよ」
「いいのよアンタはわかんなくて。ああ蘭も何か言いたいのは分かるけど黙ってて頂戴話が進まないから」
ひらひらと手を振る園子からは、係わり合いになりたくないオーラが滲み出ている。全くワケの分からない状況に困惑しながらも、新一はとりあえずこっくりと頷いたのだった。
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6月21日は快斗の誕生日。
平日ではあるが、大切な恋人の誕生日である。快斗はずっと予定を空けてくれと煩かったし、そうでなくても予定を入れるつもりもなかった。
普段は週末くらいしか会う事はないが、この日ばかりは新一の家に来たいという快斗の主張も受け入れた。
園子の言い様だけはどうにも理解出来ないままだったが、言われた通りにケーキは用意したしプレゼントだって悩みに悩みぬいた末に蘭に付き合ってもらって買った。
本当にコレでいいのか、と問う声は己の中から消える事はなかったが、だったら他にどうすればいいのか、という疑問に対する答えがないから浮かんでは沈みを繰り返すだけ。
多分、快斗に会うまではずっと続くのだろうそれは、不安と期待の二面性を以って新一の中に巣食っている。
今なら分かる、今だから分かる。これは『恋』だ。
『好き』という言葉の温度差が無い事を、知っているからこそ躊躇わない感情。
約束の時間まで、あと数分。
鳴り響くチャイムの音を待ちながら、新一は目を閉じてソファに背を預けた。
おわり。
2006.06.21.
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