純情可憐狂想曲 バースディに花束を
「…なんか、変じゃね?」
ひとり呟き眉を寄せ、高校生探偵・工藤新一に思いを寄せる女子高校生怪盗・黒羽快斗はことりと首を傾げた。
思い切り失態をやらかしたバレンタインデーと、謝るつもりだったのになし崩しに現状維持をされてしまったホワイトデーから早二ヶ月ほど。
未だに『恋人』にはなってくれてはいないが、快斗の愛する名探偵との関係はすこぶる良好だ。心配したような愛想を尽かされても、蛇蝎の如く嫌われてもいない。
ただ、何かが足りない。その肝心要の何かがないから、二人の関係は友達以上恋人未満のままずるずると継続し続けている。
しかも、その継続すら快斗がアプローチをやめてしまえば自然消滅するような非常に脆いもので、新一からの電話もメールも訪問も、今まで一度だってなかった。
いや、違う。それはいいのだ。快斗だって最初のアプローチが強引過ぎた事実は認めている。あのような出会いからいきなり好印象に持ち込むのは、甚だ難しいことくらいは承知しているのだから。彼を口説くのに労力を惜しむつもりはないし、そもそも彼以外いらないわけだから手間だと感じることもない。
だけど、やっぱりおかしい。
会えば、普通に女の子として扱ってくれる。まあ、快斗は残念ながら普通の女子高生の枠にはまらない存在だったりするので、時折齟齬があったりするがそこは問題ではない。
話せば、誰よりも会話が弾む。打てば響くような会話のレスポンス、会話そのものを楽しめる、高度で知的なゲームにも似た時間を過ごすことができた。
別れる時に次の約束をするのも当たり前になった。最初は明らかに迷惑そうだった新一だけれど、今は喜ばしい顔は流石にしてくれないが、嫌な顔をすることはない。
だけど。
「なんか、違うんだよなー…俺、ホントにコレでいいのかな?」
好きだから、好きになって欲しい。
会いたいから、約束を許して欲しい。
会ったなら、触れさせて。触れさせてくれるならキスをさせて。
できることなら自分が向けているこの感情と同じ感情を、名探偵に向けて欲しい。
ちりちりと痛む胸は焦燥。
自分の行動が正しいかなんて誰にもわからない。そして、わからないんだったら快斗は動く。待っているなんて出来やしない。
だとしたら、快斗に出来ることはやっぱり現状の継続だけで。
「めーたんて。…ねえ、何時好きになってくれんのかな?」
呟いた言葉は予想以上に力がなくて、情けなく震えてさえいて。
思わずぎゅっと握った指先が、少し白く強張っていた。
工藤新一という人間は、良くも悪くも浮世離れしている。
それは本人の咎ではないが、育成環境と本人の適性が、とことん『平凡かつ平穏な日常』というものに馴染まないのだ。
当人は意外と小市民で些細な事に幸せと満足を見出せる微笑ましい人間だったりするのだが、肝心要の本質と華麗すぎる経歴と外見が、彼の望みを叶えない。それは工藤新一にとっても、周りにとっても不幸な事である。
実物と虚像は年月を経る毎に隔たりを増していくばかりで、多大な同情と少々の呆れを抱いて周囲の人間は彼を眺めていた。
無論、それは彼に最も近い位置に居るであろう他人…工藤新一の幼馴染・毛利蘭とて例外ではない。
机に突っ伏したままうーうーと唸っている彼を眺め、蘭はひどく重苦しい溜息を落とした。
「何してんのよ、新一…」
バカじゃないの?と喉元まで出かかった言葉は、それでもようやくのことで飲み込んだ。そうして突き放しても一人でぐるぐるした挙句に一番誤った結論を出しかねないことを、彼女は誰よりも知っていた。
この男は、本当に恋愛感情に疎いのだ。
まあそれは蘭とて人の事を言えた類ではないが、それにしても鈍い。ほぼ天然記念物並みに鈍感だがそれでも今までなんとか齟齬もなく社会生活を営んでこられたのは、正しく彼の名を世間に知らしめた抜群の事象把握能力と発想力、優秀すぎる記憶力のお陰だろう。周囲を認識し、自身のずれを整合し、自身を埋没させる。それは彼が社会生活を波風を立てることなく営む為に手に入れた手段なのだろうが、蘭にとっては少し悲しい。
べったりと机に突っ伏して、何を考えているのか眉を寄せて一点を見つめたと思えば、直ぐにそれをへの字に下げてうーうーと唸って頭を抱える。そしてまた何かに考え込む様子を繰り返している彼の前の席に腰を下ろし、蘭は肩肘をついて彼の名を呼んだ。
「新一」
「…蘭?」
ようやく此方に気付いたように顔を上げる新一の表情は、今まで見たことが無いほど頼りない。これは小学生の頃、給食でレーズン入りのドライカレーが出された時以来のものではなかろうか。あの時の担任は好き嫌いを絶対に許さない事で有名で、完食するまで昼休みの間もトレイとにらめっこをさせられる羽目に陥った当時のクラスメイトは少なくなかった。アレでは余計に好き嫌いが酷くなるんじゃないか、と幼心に思ったものだった。ああ違うそんな事はどうでも良くて。
「蘭?」
きょとん、と此方を見つめる表情は、いつもそれなりに張り詰めている外向きの表情が剥がれ落ちている所為でやけに可愛らしい。これが格好良く見えていた時期もあったんだけどな、と蘭は少し遠くを見たい衝動に駆られながら、その白い額を軽く指で弾いた。
「なんかまた一人でぐるぐるしてるんじゃないの?私でよければ相談に乗るけど…」
「…相談」
ぴしり、と何故か空気が凍る音が聞こえた。いや、無論幻聴なのだが、それは確かに存在したと蘭は確信している。目の前の新一は見る間に表情を凍らせ、数秒間硬直した後にふるふると頭を振って再びべたりと机に沈没する。
「ダメだ…相談するにも何をしたらいいのか俺にもわかんね…」
「…重症ね」
これはどうにもならない、と溜息を落として立ち上がろうとする蘭に、がばりと顔を上げた新一が真っ赤になって叫びだす。
「俺が悪いんじゃねーよ!あんな現代日本に生息しているのが不思議なナマモノが悪いんだっ」
聞き捨てならない表現だったような気がするが、本人はそれが己にも当てはまるものである事はきっと気付いていないだろう。
はあ、と再び溜息を落とすと、浮かしかけた腰を再び椅子へと落ち着けて紅潮した新一の顔に己の顔を寄せる。妙齢の男女がやる仕草としては疑惑を招くだけ招きかねないものではあるが、残念ながら今は蘭にも新一にも子供がじゃれあうような感覚しか存在していない。
「それで?その新一の理解を上回るような人がどうしたの?」
「う…」
黒羽快斗が何かって。
アイツは怪盗KIDで。女子高生で。俺の事を好きだって言って、だけどそれが本音なのか冗談なのかわからなくて。今は友達以上恋人未満。
…どれひとつとして言えないような気がするのは、せめてもの矜持か、芋づる式に情けない出会いをフィードバックしてしまう所為か。
何も言えずにただふるふると頭を振るだけの幼馴染に、呆れたように蘭は肩を竦めた。
「言いたくないなら、無理には聞かないけど」
「…言いたくないっつーか」
言ったら不味いというか。どう言ったらいいのか自分でもわからないというか。
「いっこだけ」
「え?」
「いっこだけ…聞いてもいいか?」
きり、と唇を噛み締め、新一が呟く。その声は予想以上に力のないもので、それまでどこか投げ遣りに応対していた蘭もその表情を真剣なものに変えて彼の顔を見据えた。
「好きって言われたのが…本当かそうじゃないかって、どうしたらわかると思う?」
嫌われているか、と問われれば多分No。
でも、好かれているかと聞かれれば答えに窮する。
それが工藤新一と黒羽快斗の関係で、真冬の出会いから一進一退を繰り返してまだ何も先には進んでいない。好きになってくれればいいと思って口にする「好きです」の言葉は、彼の上の上滑りばかりしていてちっとも浸透なんてしていない。
けれど、言わなければ快斗が不安になる。
誰よりも好きで、彼以外いらないと思ったのに、その彼にいらないと思われてしまったら動くこともできなくなる。せめて忘れる前に伝えていれば、快斗が新一を好きなのだと、それだけは忘れないでいてくれるだろうから。
世間は黄金週間真っ只中、青子は珍しく休みが取れた中森警部(どうしてもこの連休中は快斗は予告を入れたくなかったので、必然的に二課も多少は余裕が出来たらしい)と旅行だそうだし、日数が多いから丁度いいと紅子も祖国に里帰りしてしまった。
こと、己の恋愛問題に関する強力なサポーターを失い、誰にも相談できないままにそれでも快斗はこの場に立っている。
怖い。いつだって此処に来るのは嬉しくて怖い。
今日こそもう来るなと言われるのではないかと不安で、けれどやっぱり顔を見たくて話をしたくて触れてみたくて此処を訪れる。
「大丈夫…大丈夫。名探偵は優しいから」
立派な門扉の前で、深呼吸。
抱えた包みをぎゅっと抱えなおして、快斗は己に言い聞かせるように呟く。どきどきと心臓が刻む鼓動が早くなるのを自覚しながら、震える指先でインターフォンのボタンを押した。
2005.05.04.
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