カナリア・シンドロームの見る夢
真っ白なシーツに埋もれるように丸くなった東海道の姿に唇を綻ばせながら、山陽は淡いベッドライトに透かすように、手の中の銀色をまじまじと見つめた。
もう昨日になってしまった開業記念日に、東海道がくれたカフスボタンだ。裏側に刻まれた細かな文字は流石にこの光量では読み取る事は出来ないけれど、シンプルな中にも丁寧な仕事が施された細工と、安物ではあり得ない地金の光沢は、ひょっとしたら相当に高価な物品なのではなかろうか。
ライトの柔らかな光を反射するグラデーションは、最初は七宝焼の類か、そういった色合いのシェルかと思っていたのだが、よくよく見ればどちらとも異なるようだ。
「何色っていうんかな、コレ」
僅かに銀を含んで光を弾く様を不思議そうに見つめる山陽の腕に、この時ばかりは冷たくは無い東海道の指先がそっと添えられた。
「……ガラス細工の類だと、俺は聞いたが」
するり、と伸ばした指先が山陽の手の中から小さな金属片を掬い取る。また角度が変わってきらきらと光る青から灰へのグラデーションに目を細めれば、悪戯っ子のような楽しげな表情で東海道はそれをそっと両手で包みこんだ。
「本当は石のものを買うつもりだったんだが、どうしてもそれがいいと思ってしまったから仕方ない。まあ、これにプラチナの地金は正気の沙汰ではないと嘆かれたがな」
くすくすと笑う東海道は楽しげだが、聞かされた山陽は内心その嘆いた店員だか職人だかに同情せざるを得ない。基本倹約家の割に、自分がいいと思うものには金を惜しまないのが東海道だ。センスは無いが美醜に関する審美眼は間違ってはいないので、このカフスも価格的には全く釣り合わないのだろうが、見た目はすこぶる上品な逸品に仕上がっている。
愛されてるなあ俺、と複雑な幸福を噛み締めながら、上機嫌な今なら聞いても怒られないかな、と東海道の前髪を払ってやりながらずっと疑問だった事を問うてみる。
「なあ、どーしてカフスだったんだ?あんまり買おう!って思ってねーと探さないだろ、こーゆーのって」
「ああ、確かにな」
逆鱗に触れるかも知れない、と内心びくびくしながら訪ねた問いに、けれども東海道は不機嫌になるでもなくふわりと笑う。
あ、この顔可愛い、とそんな場合でもないのにへらりと笑い返してしまった山陽の手の中にカフスを返しながら、何でも無い事のように東海道はさらりとその答えを告げた。
「今度某国に新幹線を売り込みに行くから、その時に付ければいいかと思ったんだ。きっとおまえに似合う」
「――へ?」
えと、うん、確かにそんな話はあったような。
でもそれって国家レベルのお話だったような、更に言うなら東海の案件だったよね、山陽さんはあんまり、というかほとんど関係なかったよね東海道…?!
「私は揃いでもう少し朝焼けに近い色を買ったんだ、良かったらおまえが今度スーツを見立ててくれないか?」
おまえの方がこういうセンスは確かだから、とはにかみながら告げられた言葉は、その言葉だけを取るならばとても嬉しいしその表情も可愛い。
可愛いが、それってつまり俺に某国まで営業しに行くから付き合えってコトですか東海道……!
「えーと東海道、流石におまえと俺と二人揃って日本を空けるのはどうかと……」
「ああ心配はいらないぞ山陽、おまえのところの上司にも許可は取ってあるからな。こちらの事は心配するな、N700系は非常に優れた車両だとしっかり売り込んでくるといい、と激を貰ってしまった」
おまえのところは職員だけではなく幹部も面白いな、とくすくす笑う東海道に、山陽の背を冷や汗がだらりと伝う。
ちくしょうあのオッサンたち、こんな時ばかりノリの良さを発揮しやがって、俺には何も言ってなかったくせに!
航空の世話になるのは業腹だが、別の国の状況を視察するのも楽しみだな、と枕を抱えて告げる東海道の無邪気な笑顔に全面降伏する以外にない事を悟りながら。
とりあえずくすくすと笑みを零す唇を塞ぐべく、そっと背を屈めて東海道の頬に指を添わせたのだった。
2009.03.31.(春コミペーパー再録)
その全てを引き換えに、他を守るということ。すべての最先にあるということ。
何かの試金石であるというのは、その悲哀と同じくらいに誇りもあるのだと、そういうことではなかろうかと思うのです。