タイトロープ



 細い細い、紐の上に立っている。
 それはとても脆くて頼りないもので、気を抜けば足を踏み外すまでもなく切れてしまいそうなほど。
 けれど、それだけが今の自分の縋るすべてだった。

 高揚する感覚。
 鮮やかなほどに世界を染めるネオンライト。
 決して人に誇れる舞台ではないかも知れない。けれども怪盗の名を冠する己にとっては、それも気を抜けぬ毎回一度限りのショータイムだ。
 それを毎回邪魔してくれるのは、無粋な警察や無力な探偵モドキ…だけだったら、とっくに振り切っていただろうに。

 あの眼差し。
 全てを射すくめる蒼い双眸と、いっそ魔力的なほどに人を従わせるよく通る声。
 存在のすべてで罪を贖えと、謎を曝け出せと迫る人。

 愛してる、なんて今更だ。
 好きだ、なんて言葉じゃ収まりきれない。

 渇望と羨望と嫉妬は、どんな化学変化を起こしたのか複雑に入り混じった愛情としてこの胸の中にある。
 けれど君の向けるものは何時だって刺々しい言葉や態度で、気休めのような優しさなんて欲しくない。

 そう、欲しいのは君が求めてやまないはずの。
 『真実』というたったひとつだけ。

 言ってしまえ。
 踏み外せ、飛び降りろ。
 むしろこんな頼りないタイトロープは断ち切ってしまえばいい。

 この胸の中に燻るものは、そうでなくては癒されない。
 仕舞いこむだけだった愛の言葉も欲の衝動も、君の言葉ひとつで綺麗なものへと変えられるかも知れない。
 それとも、もっとどす黒くて凶暴な刃になって君を傷つけるだろうか。

 どちらだって俺は構わないんだぜ、名探偵?

 縋っているのは怖いからだ。
 足元の闇を、見えぬロープのその先を、恐れているからだ。
 本来ならとっくに踏み外していてもおかしくない綱渡りの結末を、自分が予想できないからだ。

 さあ、どうする名探偵?

 俺はとっくに限界で、何時だって君を愛してやりたいし壊してやりたい。
 その綺麗な表情が快楽に歪んでも苦痛に歪んでも、きっと俺はどちらだって満足できるんだぜ?

 『真実』なんて滑稽なものに縋るくらい追い詰められた怪盗に、今夜の君は何を告げるだろう。

 タイトロープの頼りない先に、君という存在を見つけてしまった。

 さあ、名探偵?
 今夜の君の答えこそ、俺の行く先を決めるただひとつ。



2005.12.01.

H O M E *