はる、ひとつ
ふああ。
気の抜けた欠伸をひとつ落として、快斗は膝の上で丸くなっている恋人に、ふわりと笑みを零した。
天気は快晴、風もさほど強くはなく、じっとしているだけで眠くなるような陽気に満ちている。
目を細めて見上げた視界は、冬の長い不遇を越えて生命を芽吹かせる木々の新緑に彩られ、そこから淡い木漏れ日がきらきらと降り注ぐ。
少し離れた河川敷から運ばれる桜のごくごく薄い紅色の花びらが色を添え、それはそれは長閑で優雅な昼下がりだった。
ほんの少し、忙しい日常の合間に春を楽しむつもりだったのに、ふと立ち寄った公園の、緑鮮やかな木々の根元に腰を下ろしてしまったのが敗因だろうか。
気付けば自分は木の幹を背もたれに、恋人は自分の膝を枕に転寝をしてしまっていた。どのくらい時間が過ぎたのかと一瞬慌てたが、未だ高い太陽の位置から、本当に僅かなまどろみだったのだと少しほっとする。
確かな重みと、温もりと。吐息の感触が嬉しくて溜まらない。
自分も彼も学業と副業に忙しくて、なかなかこんな時間は取れない。取れないどころか、こうして会う事さえままならない。交わす電話もメールも、決してこうして直接会って触れることへの代替品にはなりえないのに。
「…しんいち」
名を呼ぶ声が、低く甘い。
己で意図していないはずのそれに、ほんの少しの驚きを覚える。それは新鮮でくすぐったくて、どうしようもないほどふくらんだ己の恋心を象徴しているようでもあった。
何の警戒もなく、己の傍で眠る恋人。
それこそが、快斗の唇を綻ばせ、心に甘く暖かいものを吹き込んで行く。
これからも、会えない日常は続くけれど。
今までもこれからも、君に向けた恋心だけは変わらないから。
早く起きて欲しい、という心と。
もう少しこのままで居て欲しい心と。
二律相反する思いを苦笑しながら、快斗はさらりとした新一の前髪を静かに撫ぜる。
風から零れた桜の花びらが、まるでからかうようにその指の傍らをすり抜けて、落ちた。
2008.06.13.
H O M E *