ぷらすまいなす ぜろ ばんがいへん
きみとぼくの年末事情。
[ くどうのひ すぺしゃる!再録 ]
たくさんの昼と夜を繰り返して、薄れるどころかどんどん君を好きになる。
どきどきと早くなる鼓動でいつか死んでしまうんじゃないかというくらい君を好きになって、君の一挙手一投足が僕を追い詰めるような気さえするんだ。
いつでも、もうこれ以上なんてないと思うのに。
いつでも、次の朝にはそれを覆される。
ねえ、いつになったらこの『好き』っていう気持ちは、限界を迎えるんだろう?
君の見せる全てが、僕の心を煽ってやまないように、君も少しは僕にどきどきしてくれてる?
不安と期待とほんの少しの優越感に。
今日も新しい日のハジマリに、君への恋を募らせてる。
□ □ □
はあ、と吐いた息が白く凍って、ほわほわのマフラーに顎を埋めながら新一は小さく身を縮こまらせる。
現在時刻、午前0時30分。普通なら布団の中……と言いたいところだが新一的には本とお友達になっているか、或いは警視庁に詰めているか、若しくはどっかのビルの屋上で快斗のもうひとつの姿とデート……いやこれは余計か。
しかし、今回ばかりはそのどれでもない。
その証拠に、街角に立つ新一の横を幾人もの男女がにぎやかに通り過ぎてゆく。クリスマスのイルミネーションは撤去されているが、その代わりのように新年の飾り付けが街を彩る。
街を吹きぬける風は身を切るように冷たくて、けれども人々の賑わいがそれを駆逐する。ポケットに手を突っ込んだ新一も寒くはあったけれど、こうしてどきどきしながら待ち人を待つというのも、この日くらいは悪くは無い。
新年の初詣に行こう、と告げられたのはクリスマスの日。
本当なら除夜の鐘を一緒に聞けたら良かったのだけれど、快斗の『仕事』の関連上そうもいかなくて。
「まだかな……快斗」
はあ、ともう一度吐き出した息が白く凍える。
ほわほわのマフラーと揃いのダッフルコートは、つい先日のクリスマスにプレゼントとして恋人に貰ったものだ。白一色のそれらは夜を駆ける怪盗を思い出させて、そのマントに包まれているような錯覚さえ覚える。
どこまで快斗が意図してこれらの品をプレゼントしてくれたのかはわからないが、それでも新一にとってはこれ以上ないほどにシアワセだった。なるべく汚さないように、着ている時はおとなしくしようと貰った瞬間ココロに決めた。
……実は、無茶をしがちな新一に対する戒めとして、わざわざ快斗と哀が共謀して厳選した故の一品だということまでは、流石の名探偵も知る由もなかったが。
なにはともあれ快斗から貰ったコートとマフラーに身を包み、快斗との約束にウキウキしながら街角で人待ち状態の工藤新一は、本人の自覚は全く無かったが。
強烈に、目立っていた。
むしろピンクの空気がそこらじゅうに漂っていたと言っても過言ではあるまい。
新一的には周りをにぎやかな群衆が通り過ぎた、くらいにしか認識していないが、事実は無論異なる。老若男女全ての視線が、通り過ぎる前、通り過ぎた瞬間、通り過ぎてからも新一に注がれていた。
ざわざわと落ち着かず、囁きがどよめきが零れるのは、ひとえにこの稀有な名探偵の予想外の可愛らしさ故だったのだ。
一時を境に、メディアへの露出が減った高校生探偵・工藤新一だったが、その存在の輝かしさは下手なアイドルや俳優など及びも付かないほど大きい。
しかし、一般市民の認識するところの名探偵・工藤新一のイメージはあくまで『格好良い』わけで。
現在白いダッフルコート+白いマフラーに埋もれるようにして明らかにウキウキしながら人待ち顔、という可愛いイキモノは意外性のカタマリとも言えるわけで。
自然、周囲は想像すらしなかった人物の想像もしなかった一面に騒然となっていた。
一方その頃。
今夜の仕事もその後始末もようやく終えて、愛しの恋人との約束を果たすべく、怪盗KID改め黒羽快斗は、早足で街を歩いていた。
一歩ごとに近づく待ち合わせ場所、けれども近くに寄れば夜ほど強く漂う異様な空気に、快斗は思わず足を止めた。
「な……なんだよ、この雰囲気は」
年始で浮かれているにしても、ちょっと違うような。
思わず後じさってしまいそうになる足をぐっと堪えて、一歩また一歩と異様な空気の中心点に近づいてゆく。
そして、常人よりも優れた視力によってその原因を確認した瞬間……思わずがっくりと肩を落とした。
いや、確かに純粋なプレゼント、というだけでなくてそれなりの思惑はあったけれど。それでもとびきり似合うだろうことだけは確信して哀と共に厳選した二品だったのだが。
『なんだよあのかわいーイキモノ……!!』
流行のショート丈や身体にフィットしたラインのものなど目もくれず、Aラインのベーシックタイプを選択したのは、デザイン性よりも保温性を重視した為。白い色は無茶をしがちな新一への戒めの為。ダッフルコートなのは単に新一が意外とフードコートが好きな様子だったから。(新一は格好付けだが、ヒトがいないところではほぼ飾りだろうと思うこの手のコートのフードを被ってぬくぬくしている事を快斗は知っている)
けれどもぶっちゃけそれを着た時どうなるか、までは考えなかった。
マフラーに顎を埋めて、街角でひとり立って人を待つ名探偵。
寒さに頬を僅かに染めて、はあ、と吐き出す息も白い。ポケットに手を突っ込んで、動いていないと寒さを実感するのか、時折ぷらぷらと片足を揺らしている。
数分に一回は腕時計を見て時間を確認しては、きょろきょろと辺りを見回す様子は、彼にとって待ち人がどれほど待ち遠しいのかを知る事ができた。
愛されている、のは、もう疑いようがないのだけれど。
『失敗した……俺たち失敗しちゃったよ哀ちゃん、こりゃ別の機会になんとかして、もうちょっと無難なコートプレゼントしないと今年も大変なことになるよ……』
それなりに身長もあるし、体格も薄っぺらいとはいえ男性のもの以外の何ものでもないし、そもそも世間に嫌というほど顔が知られている東都の名探偵が男性に見えないはずもないのだけれど。
だぼっとしたAラインのダッフルコートで体型が誤魔化され、尚且つ寒い中で人待ち顔で佇む様子は微笑ましく、思わずあったかいミルクコーヒーだの飴だのを差し出して撫でたくなる愛らしさ。
今まで誰も手を出さなかったのは、狙う人間が多すぎて牽制し合って手が出せないのと、余りにこの可愛らしいイキモノが己の存在に対して疎い所為だ。
何はともあれ、こんな危険物体をこれ以上放置して、血迷った蛮勇溢れる一般市民が羊の皮を被った獅子様にがぶりとやられないうちに、と快斗は足を更に速め駆け足で恋人の傍へと向かう。
あと十数メートル、というところで新一もこちらに気付いたのか、光の灯ったような晴れやかな笑顔で快斗の名を呼んだ。
「かいと!」
「ごめ……お待たせ、新一」
白い息を吐き出しながら告げあうと、にへら、と白いコートの新一の相好が崩れる。にゃごにゃご鳴きだしそうな喜びようにちょっぴり快斗も嬉しくなりつつ、そっと手を差し出した。
「行こう、新一。早くお参りしないと初日の出に間に合わなくなっちゃう」
「あ、うん」
差し出された手を取って、新一は快斗のそれをぎゅっと握る。
魔法を生み出す魔法使いの手。奇跡も夢も痛みも血も、何もかもを知っている手だ。
新一が愛してやまない、それは決して光だけでも闇だけでもない。
快斗、という存在自体を大切に思っている。
誰より何より大好きで、大切なたったひとり。
このヒトと過ごす毎日が、新一にとってはどんな難事件よりも難解な暗号よりも不可解で負けだらけで、心地よい。
夜を白を纏って駆ける反動のように、快斗自身の私服は黒が多い。夏場は日差しの強さもあって控えめではあるが、冬が近づくにつれて服装はモノトーンが目立つようになった。
今日の服装も、ショート丈でファー付の黒のマリンコートに細身のブラックジーンズという夜目には厳しい配色だ。けれども、出会ってから時を経るごとに精悍さを増してゆく快斗にはよく似合っていて、思わず見とれかけた新一は火照る頬を押さえた。
『ちくしょー、滅茶苦茶格好良いじゃねーかっ……!』
手を繋いで、神社までの道を歩く。
他愛もない話をしながら歩くその間に、大勢の人が、主に女性が快斗を振り返る。それは女の子同士の組み合わせだけではなくて、彼氏連れの女の子だって含まれている。
快斗にだけは局地的に了見が狭い新一としては、手を繋ぐどころか腕でも組みたいところだが、流石にそれはどうだろうか。
新一としては願ったり叶ったりなわけだが、快斗にはうざったがられたりしないだろうか。
うむう、と繋いだ手と快斗の顔を交互に見て、ぐるぐると思考を巡らせる。
そもそもこの年末は思う存分一緒に過ごす、という欲望に正直な予定が狂ったのは、珍しくも週末等の休日に事件に呼ばれることがなかった自分ではなく、予想外のKID業に勤しんだ快斗の所為だ。
まあ、年末のこの時期にカウントダウン企画と称して宝石展など企画した某宝飾店チェーンの所為と言えなくもないが、まっとうな企業努力に文句を付ける気は流石に新一にもない。
ちょびっとだけ恨みを持たないでもなかったが、非難するほどのものではない。
快斗の目的は知っているし、早く終わればいいとも思う。
だけれども、放って置かれた拗ねた気分は完全に消えたわけでもないわけで。
『……ちょっとくらい、俺の我侭聞いてくれたってバチは当たらねーよな……たぶん』
いつでも我侭放題・己の好き放題に生きていることはすっぱりと無視して、新一はぐっと繋いだ手に力を込める。
「……?えと、しんいち?」
「……むう」
強くなった手を握る新一の握力に思わず足を止めた快斗の腕に、新一はぎゅっと抱きついた。
そもそも、コレは俺のものなわけで。
触られるのも想われるのも嫌だが、見られるだけでも嫌だ。
見るだけでは減るもんじゃあるまいし、とよく言われるが新一は絶対に何かが減ると確信している。何かが具体的に何だと言われると返答に困るが、それでも絶対に何かが減る。
特によく関西から何が楽しいのか頻繁に上京してくる黒い探偵だの、快斗のクラスメイトの鷹を連れたコスプレへっぽこ探偵だのに快斗を見られたら何かが大幅に目減りする気がする。
女の子の場合はまあ見目が良いヤツなのは確かなのである程度は仕方ない、と普段は頑張って自制しているが、できればそこらじゅうに『コレは俺のだ!』と叫びたいほどの独占欲の持ち主である。
ぎゅうぎゅうと腕に抱きついて、俗に言うところの腕を組んだ状態で、新一は快斗に擦り寄る。
困惑した様子の快斗の少し冷たい指先が、優しく新一の火照った頬を撫で上げた。
「どうしたの?何かあった?」
「……何もねーからくっついてんだろ」
むすり、とした声色ではあるが、言っていることのあまりの可愛らしさに思わず快斗はくすりと相好を崩した。
本当にもう、この恋人は可愛くていけない。
一年前には、手に入るなんて欠片も思っていなかった人。
恋人は無理でも、友達にはなれるかな、なんて後ろ向きな事を考えたりもしていた。
けれど。だけど。
今はこうして、誰にはばかることなく傍に居て、触れて。
それが許されるこの現実が、泣きたくなるほど嬉しかった。
「……着いたらさ、甘酒飲もうか」
快斗の腕にぶら下がるようにしがみ付いた新一をそのままに、快斗はふわりと笑って問いかける。
己の腕がはがされなかったことに、迷惑がられなかったことに正直ほっとしながら、新一はぼそぼそと呟く。
「俺は全部は飲めねえぞ。……半分こしようぜ」
「らじゃv」
暖かい体温と、それ以上に暖かいココロ。
大切な人と過ごす新しい年のハジマリに、二人は顔を見合わせてくすくすと笑いあう。
一日、一時間、否ひょっとしたら一秒ごとに積もる想いは、いつだって限界ギリギリだと思えるのに、実際は直ぐに予想限界値を軽く飛び越えてくれて動揺を隠せない。
君が好きです。僕を好きですか?
問いかける言葉に返る言葉に、不安を覚えなくなったのはいつからだったろう。
交わす笑顔と言葉は、難解な恋愛方程式の解のひとつ。
寒いはずの冬空の下、それでもいつまでもこの時間が続けばいいと思ったのは、きっと二人の共通認識。
「忘れてた……今年もよろしくね、新一」
「こっちこそよろしく、だ。快斗」
白と黒の見目麗しい組み合わせの二人組は、寒い夜には似合わない春のような笑顔で街を通り過ぎていった。
ちなみに。
「見た?見たあのカップル!」
「可愛いわかわいいわぁ……ああん新年から眼福〜」
「男の子は格好良いし女の子は可愛いしっ」
周囲のお嬢さんやお姉さま方の二人への感想は、新一の空回りした嫉妬心とは微妙に違った方向へと動いていたわけで。
「あの白いコートの子、私たちの視線に不機嫌そうだったわ」
「彼氏はぜんぜん気付いてなさそうだったのにね〜」
「ぎゅうぎゅう抱きついちゃって可愛いったらv」
「そうよね〜、モテるわよねあの彼氏格好良かったし」
なちゅらるに女の子と勘違われていた新一だったが。
まあ、『快斗は俺の』と主張するという目的は十二分に達していたようである。
きゃあきゃあと華やいだ女の子たちの会話に、
『いや、アレはどー見ても工藤新一だろ……?』
と突っ込むに突っ込めない男性陣の心の叫びと共に、夜の中に消えていったのだった。
2008.06.11.
H O M E *