僕と君との相違点
「なー、俺ってそんなに似てる?」
ぱりぱりとどこかボケた視線でポテトチップスを齧りながら、目の前のドッペルゲンガーは呟いた。
場所は工藤邸のリビング、そのフローリングに敷かれたラグの上。そこにごろりと転がって、その視線は自ら持ち込んだ某ヒット映画に釘付け。左手は傍らに置いたままのポテトチップスの袋に突っ込まれているが、右手はそれらとは全く無関係にシャープペンシルを握って床に広げたノートに淀みなくさらさらと英語の教科書の複写と和訳を書き込んでいる。当然教科書は此処にはなく、辞書の類もありはしないのだが。
相変わらずの人間業とは思えない所業にくらりと眩暈を覚えながら、それでも家主であるところの工藤新一、副業探偵本業高校生は律儀に問い返した。
「何が、何にだよ」
「んだから、俺がおまえに」
分かりきってる事を聞くな、と言わんばかりの即答に、思わず新一は鼻白む。大抵コイツとの会話はこんな風にいろいろなものをそぎ落として必要最小限で行われる事が多すぎて、時々会話をしている当人である新一ですらわけがわからなくなるときがある。
それでも今回はそれなりに意味を推測する事が可能だったので、溜息を落としながらその内容に答えてやった。
「…まあ、外見だけは似てるんじゃねえの?客観的には」
ドッペルゲンガー、と称するだけあって、確かにこの男は新一に良く似ている。初対面の人間なら間違いなく血縁を疑う程に。よくよく見れば細かな造作だの体型だのが異なる事に気づくのだが、逆説的に言えばよく見なければわからない。
だからこそ、わざわざ『客観的に』と付け加えてやる俺って優しい、と自画自賛しながら足元で転がっている鏡写しの男…黒羽快斗を軽く蹴ると、不満そうに舌打ちする。
「違うー。外側が似てるかなんてどーでもいいの」
「じゃあなんだよ」
外側でないなら内側?似ている?コイツと?
…何処が似ているというのだ?
「俺とオマエなんて、真逆もいいトコだろ」
人懐こくて無邪気な普段の黒羽快斗と、冷静沈着で孤高の対外的な工藤新一。
探偵と怪盗である自分たち。
何処もかしこも似ていない、でも外見だけは皮肉なようにそっくりな事は、きっと偶然以外の意味なんてないだろうに。
「哀ちゃんに言われたんだよ」
薄く笑う。その笑みは力がなくて苦笑にも似て、ぴたりとシャーペンを動かす手が止まっている事にようやく気づいた。
貴方たち、そっくりよ。
…何処にも居場所がなくて、誰も大切じゃないところが。
「…なんだ、それ」
わざわざ声帯模写までして快斗の口から告げられた言葉の正しさに、思わず新一は答えを返すのが一拍遅れた。
正しい?そう、正しいのだろう。事実は事実として受け止める事を、この目の前の真逆で良く似た他人と出会って認識した日から認めざるを得なかったのだから。
「言われて、思った。ああそうなんだ、って」
ぱりん、と快斗がポテトチップスを噛み砕く音が、ラブシーンに突入した映画の無音状態の中でやけに響く。
つまんねえなこの映画、と二人の中の冷静な部分が同時に突っ込みを入れた事に互いに気づかぬまま、どうしようもなく哀の言葉が正しい事に顔を見合わせて笑った。
「…しょうがねえよな」
「仕方ないよねえ」
己の居場所はひとつきり。
己の大切なものもひとつきり。
「だってさあ」
音も立てずに快斗が起き上がる。しなやかな身のこなしは夜の、月に愛された奇術師の姿を思い起こさせて新一は静かに目を細めた。
演じる、というにはあまりに見事な多面性。人の人格は画一的でない事を誰よりもはっきりと体現しているのは、その類稀なる頭脳がその一つ一つの性質を自覚しているからなのだろう。
そしてそれは、多分自分も同じなのだ。ぼんやりとした自覚しかないが、それは新一自身よりも快斗の方が正しく認識しているのかも知れない。
「俺が大事なのは新一だけで、俺が帰る場所も新一の傍だけなんだから」
他に何も要らない、と笑う快斗に満足を覚えて新一はそっと手を伸ばした。
その手を取る器用で綺麗な指先を得る事が出来るのが自分だけだという優越感にゆったりと笑いながら、小さく目の前の男の名前を呟いた。
2004.12.19.
H O M E *