くつのはなし。
ぺたん、ぱこ。ぺたん、かぽっ。
「…むー…」
「…新一、もー諦めろよー」
かぽ。すぽん、ぱこっ。
「…むう」
「無理だって、明らかに合ってねーだろ、ソレ」
昼下がりの工藤邸にて、真新しい革靴たちをにらみつけながら、それを片端から履いてはサイズが合わない事に不機嫌になってゆく恋人に、快斗はとうとう最後通告を突きつけた。
現在新一の足に収まっているのは、黒のローファー。ぴかぴかに磨き上げられたそれは、縫製やデザインの確かさで知られる某有名ブランド製で、相当にいいものである事は間違いない。
間違いないが、如何せんこれが。
「サイズが合わないモンは流石にどーしようもないだろ…」
「む」
居並ぶ何足もの革靴たちだが、そのいずれもがこの名探偵の足には少々大きすぎるものばかり。
ほぼ恒例と化していた新一の母、有希子からの定期便。今まで一度としてサイズを読み違えたことのない彼女の初の失敗に、母親のファッションセンスだけは信頼している新一は少々不貞腐れ気味だ。
無理もない、あまり服飾に興味のない快斗から見ても欲しいと思わせる魅力的なものばかりが揃っている。この定期便を当てにして、どうでもいいような普段着や少し奇抜な服以外は自ら買いに行かない新一にしてみれば、裏切られたような気分なのだろう。
未だに未練がましくぷらぷらと踵が空いた靴を履いた足を揺らしながら、座っている傍らにあったクッションをがじがじと噛んでいる。…まあ、そんな様子すら可愛いと思える己は相当末期だなあと思わないでもないわけだが。
「靴ばっかりは、どーしようもないだろー?」
「……」
無言でクッションをぎゅうぎゅうに抱き締めながらがじがじと噛み付いている新一にも、きっと分かっている。分かっているからこそやり場のない感情に困っているのかも知れない。
服なら多少大きい小さいがあってもどうにでもなるが、靴ばかりは合わないとどうしようもない。大きすぎても小さすぎても駄目で、恐らくこのブランドの規格サイズは新一や有希子さんが把握していたものよりも若干大きめなのだろう。
それらは履けないとなると惜しくなるのも確かな一品で、快斗はなんとなく手近なこげ茶色の一足を手に取ってまじまじと眺めた。
優美なシルエット、繊細かつ確かな縫製。靴裏の滑り止めの溝すら意匠を凝らし、細部まで綿密にこだわりぬいたであろうフォルム。
確かに、これが箪笥の肥やしになるのは惜しい。
そんな事をつらつらと考えながら、快斗は何の気なしにそれを己の足元に落とし、右足をスリッパから革靴へと履き替えてみる。
「…あ」
僅かに靴べらの力を借りはしたものの、それは難なく快斗の右足を収め、何処にも不自然な場所は感じられない。ジャストフィットとはこういうものを言うのだろうと頭の片隅が呟くのをどこか遠くで感じながら、ぼけっと己の右足を見つめた。
そして、向かいから感じる強烈な視線。
『…やばっ(汗)』
元々は新一が履くはずだった靴だ。それが己にはどう頑張っても履けないのに、快斗が難なく履いてしまったら。
『お、怒るかな?拗ねるかな?まさか嫌われたりしないよなっ!?』
少し混乱気味の思考をぐるぐると回しながら、恐る恐るソファに座ってクッションを噛んでいた恋人へと視線を向けた。
蒼い双眸が逸らされることもなく、じっと快斗を見つめている。ぱちり、とひとつ瞬きをして、その唇が噛み付いていたクッションからぽろりと離れ、静かに言葉を紡ぐ。
「…それ」
「あ、ああああのね、コレは別に俺の所為ではなく、なんというか不可抗力でっ…」
慌てて言い訳を始めた快斗の言葉に首をことりと傾げ、真摯な眼差しを此方へと向けたままひとつ問いを零す。
「それ…履けるのか?」
「あ…ああ、うん…」
これは今更否定しても無駄だろう、と最凶レベルの黄金の右足を覚悟してこくりと頷いたところ、何故か見る間に新一の表情がふわりと微笑んで、柔らかな声色が快斗の鼓膜を震わせる。
「じゃー、それ、やる」
「…は?」
「俺が持ってても仕方ねーだろ?オメーが履けよ」
「え?え…ええ?」
いきなりの申し出と突然の恋人の機嫌の回復に、快斗は困惑しきりでマトモに返答を返すことすら危うい状態。そしてやけに押しの強い恋人の申し出を断ることも出来ずに、悪いと思いながらも数足の革靴を抱えて帰宅する羽目に陥った。
そんな工藤邸からの帰り道、大きな紙袋を抱えて快斗はひたすら首を捻るしかない。
マジシャンなんだからステージ用やパーティ用に、しっかりした靴は何足あっても確かに困らないどころか大歓迎ではあるのだが。
「…なんでいきなり上機嫌?」
あんなに不貞腐れていたのに、唐突に機嫌を直した理由は結局分からず仕舞い。相変わらず快斗の恋人は謎を愛するだけでなく本人も謎に満ち溢れている。まーそういうところも可愛いのだけれど。
折角貰ったことだし、これは有難く活用させて頂こう、と紙袋の持ち手を握り直し、快斗は夕暮れの米花町をほてほてと駅へと歩いていったのだった。
まあ後日、お約束として。
「かいととおそろい…かいととおそろいっ…!」とどきどきしながら同じブランドショップで同じラインナップを購入する名探偵の姿が確認されていた。
その靴を履いて撮られたショーの宣伝広告にへにゃりと相好を崩す名探偵の足元にも同じ靴、という事実に、『…処置なしね』と彼の幼馴染とその親友は溜息ひとつを落として肩を竦めたのだった。
2008.06.13.
H O M E *