02.subtraction前提なpsychologic
黒羽快斗は自他共に認める天才である。
たとえ普段の彼がどんなにお調子者で落ち着きがなくて、どうにもこうにも行動言動が何処にでもいる若さ溢れる男子高校生そのものに馬鹿っぽく見えたとしても、彼は天才なのである。
しかし、世間一般の認識によるところの『天才』の定義に外れることなく、ものの見事に変人でもあった。
大抵、天才という人種は螺子がいくつか外れているものと相場が決まっている。
それでも、黒羽快斗は一般常識くらいは弁えていた。少なくとも彼の恋人兼ライバルたる高校生探偵工藤新一よりはずっと世間と言うものを熟知し、常識の範囲内に収まるように振舞える程度は。
とはいえ、やはり螺子は外れているわけで、彼の服の下には常に彼のアイデンティティとも言うべきマジックの種が幾つも仕込まれている。質量保存の法則に反していると大概の人は思うわけだが、此処で恐ろしいのは彼が捻じ曲げているのは人の認識でも法則の錯覚でもなく、正しく収納する物品の方だという事実だ。
普通の人間は、丸い穴に四角いものを入れようとしても、入らなければ諦める。
多少頭の良い人間は、四角いものを分断して収納する事が可能かどうかを考え、それも無理ならば諦める。
だがしかし、黒羽快斗という人間はそのどれにも当てはまらなかった。四角いものを丸くする方法を考え出し、実行に移せるだけの頭脳と能力を不足なく有し、またどんな発想をも躊躇わない。
明らかに無茶でも彼には可能な以上それは現実なのだと、認めうる事が出来る柔軟な発想の持ち主だった。
そして柔軟すぎる精神は時代錯誤な怪盗を襲名する事になっても揺るぐ事無く、高校生から小学生に縮んだ探偵をありのまま受け入れ、更にはライバルかつ同性の人間に恋して告白して恋人にするほど奥深い。
まあ、つまりは。
相応に変人で相応に理解不能な思考回路をしているわけだ。
「…オマエさあ」
ぽつり、と恋人兼ライバルたる工藤新一は、楽しそうに奇術師・怪盗双方の助手である鳩たちと戯れながらボールペンでチラシの裏に一発書きで何やら新一には理解不能な機械の設計図らしきものを書き散らしている怪盗に呟いた。
なぁに〜?と妙に間延びした声で返ってくる声にももう慣れた。同時に主人の声に追随するようにくるっぽー、と鳴く鳩たちにも慣れた、慣れたが。
「その頭ん中、どーなってんだ…?」
新一とて、高校生にして『東の名探偵』『日本警察の救世主』の名を欲しいままにする秀才である。その頭の出来は非常によろしいものと自負している。
しかしながら、それでも時折この男の思考回路は理解不能な時がままあるわけで。
実際、快斗が書き散らしているチラシ裏の書き出しだけは設計図らしきものも支離滅裂である。
途中までは何かの回路図らしきものが描かれている線が、一点を境に何故かプログラム言語らしき文字列に切り替わる。かと思えば何やら空気抵抗やら重力計算やらの数式が斜めに横切り、尚且つ強度計算の解はそのまま使用金属の組成式へと続いている。時折飽きたのか意味不明な落描きの絵(但し画力はかなりのものだった)が入るのはご愛嬌だが、唐突にたまたまつけっぱなしだったテレビに映っていた料理番組のレシピが入るのはどうかと思う。
しかもそれらがすべて中途半端な状態で投げ出されている為に、眺めていた新一の方が頭が痛くなる始末だ。
「何をどうやったらそんなモンが一緒くたに同居するんだよ」
「え、コレ?」
現在はもはや何の言語を綴っているのかすら判別が出来ない謎の文字を書き殴っていた快斗に、新一は小さく息を吐き出す。
最初の英語から、医療関連用語の記述が面倒になったらしく移行したドイツ語、更に其処から文学史へと流れてフランス語、更に宗教関連でラテン語に変化したところまでは追う事が出来たが、其処から先はどの系統なのか、そもそも公用言語であるのかすら不明な謎の言語がひたすらに羅列されており、新種の暗号か、と突っ込もうとしてそんな暗号誰が解けるのだろうと遠い目になった。
いくら暗号と謎が三度の飯より好物と主張して憚らない探偵・工藤新一にとってもあまり係わり合いになりたくない種類の物体ではある。
そもそも、こんなどうしようもないものを書いた当人以外に判読できる者が存在するのだろうか。百歩譲っているとしても、そんな存在は快斗と同程度の頭脳と程近い感性を持った、限られた種類の人間だけだろう。
否、それ以前に苦労して解読したところで、本当に有用なものが書いてあるかと言われればそれまた微妙な話ではあるが。この男にとっては、数学者垂涎の未知の数学式も、技術者が渇望する新素材の組成式も、料理人が追い求める美味しいシチューの作り方も全て等価値なのだから。
そんな新一の憂鬱を知ってか知らずか、くるっぽ、くるー、と鳴きながら、快斗ご自慢の助手鳩たちが書き散らしたチラシを一箇所に集めている。その紙束をぱらぱらとめくり、働き者の鳩たちの主人たる怪盗はかくりと首を傾げる。
「…一応、今は予告状の暗号作ってるけど」
「今は、だろ」
その前は、と尋ねるとどうやら一枚半前まではハングライダーのシャフト部分を強化する為に新素材の組成式を組み立てており、その更に二枚前では自作OSのメインフレーム部分のプログラミング、それより前は阿笠博士との共同開発中である小型エンジンの動力部分を設計していたらしい。
全て中途半端に終わっているのは、書いているうちに先に脳内に完成図が作成されているからだと聞いて更に脱力する。
IQ400という数字は冗談でも何でもない事を、新一はこの男と親しくするようになってからまざまざと知る事となった。
工藤新一とて、一般の人々から比べれば相応に優秀な頭脳を持っている。
但し、新一にとって記憶容量というのは上限があり自身の理解力にも限界があり、忘却と変質が記憶というものには付随する事が前提として存在している。これは、程度の違いこそあれ大抵の人間に当てはまる事である。
しかし、この黒羽快斗という非常識な天才にはまったくもって関係のない事だったらしい。
彼にとって知識というのはどこまでも積み上げられるものであり、理解力というのは知識と比例して高まり続け、記憶というのはいつまでも脳内に収納されていつでも取り出せる情報なのだから。
詐欺だ、こんなのとマトモに勝負して勝てるわけねえ、と新一は恋人であるがライバルでもある怪盗の真実を知った瞬間、理不尽な怒りを覚えて彼を蹴り倒した。
何で蹴るのさ!と涙目になりながらこちらを見たときはやりすぎたかと思ったが今でも蹴った事自体は後悔していない。だっていくらなんでも条件が違いすぎる。
こうなれば多少えげつないと認識される手段を使ったり、多少卑怯に見えようとも警察組織くらい頼りにしたところで、いたいけな探偵にバチは当たらないだろう。
「…なあ、ホントにどうなってんの?」
オマエの頭の中、と問いかければ、そんな事言われても俺だってどう説明していいのかわかんないよ、と困ったような返答が返ってくる。まあそうだろうが。
IQ400を誇る、確保不能の大怪盗、怪盗KID。
その正体たる黒羽快斗は間違う事なき『天才』である。
そして、その果てしなく深く広い彼の奥底まで、恋人兼ライバルたる探偵・工藤新一が理解する日はどうにも遠いようだった。
「なぁに言ってんの、俺の頭の中なんていつでも新一君の事で一杯〜v」
「ばっ、バーロー!!何こっ恥ずかしいことさらっとのたまいやがるかテメエ!!?」
…前言撤回。
黒羽快斗が工藤新一にメロメロに恋する少年である限り、名探偵が大怪盗を理解する日も近いかも知れない。
つづく。
2005.04.25.
H O M E *