phantom pain
-another fragment-



00


 それは、しろい箱の中の物語。
 生と死を背中合わせに、永遠に続く闘争を選んだ人間の箱庭の物語。
 或いは、語ることさえ許されない醜悪な断片を。
 或いは、口にすることさえ躊躇う崇高な断片を。
 その全てをない交ぜに、ただ其処にある『人間』の記憶と記録の物語。



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01



 黒羽快斗にとって、『その場所』の印象とはすなわち『父親の記憶』に直結するものに他ならない。
 永遠に続くかと思われるほどに連続する白い壁と、無機質なスチールパイプのベッドの羅列。行き交う人間もまた3種類に分別され、時折訪れた快斗など、そのカテゴリの何処でもない異物でしかなかった。
 けれど、其処は父親の居場所だった。彼が彼として力を振るう、その為の場所。
 その場所は戦場なのだと、そう称する人間は少なくない。そして父親にとってもそうだった筈だ。
 もう居ない彼が息を引き取ったのも、自宅でもベッドの上でもなく『その場所』…病院だった。
 ただの病院ではない。
 知る者も限られ、入院患者を見舞う者もない。
 何故なら、其処は医者と看護師以外は『人ではなくなりかけた者』だけが存在する場所だったからだ。
 そう遠くは無い過去、たったひとりだけ報告されている『到達者』が紡いだ未来を標に、先の知れない戦いを繰り返す場所。淡々と死を携えて異形へと向かう患者たちを、救う為か殺す為か、抗い続ける医者と看護師。
 病の名を『VIS』。箱庭の名を『零病棟』。
 誰が言い始めたのか、『致死率99.999%の難病』とも称されるその病への挑戦状を手に、本日を以って黒羽快斗は『零病棟』の医師となる。

 その根底に眠るのは、父親の背中と、もうひとつ。


 しろい、しろい、けれど。
 ……たったひとつ、あかいきおく。


 ノイズだらけの記憶映像の中で、硝子玉のような蒼い瞳から零れた涙が、綺麗だったことだけが鮮やかに残っている。
 瞼を閉じればすぐさま蘇るその記憶だけが、快斗を此処まで駆り立てた。誰もが望まないその道を、選ばずにはいられなかった。
 焦がれる記憶を胸の中に、己に与えられたロッカーの名札をじっと見据える。
 この先が誤りなのかたったひとつの正解なのか。
 判断は出来ぬまま、真新しい白衣に袖を通す。僅かな消毒液の匂いが、流した記憶も無い涙を誘うようで、そっと瞼を伏せた。


next story...[ 痛みの森 ]

2008.06.13.

H O M E *