16.白い肌


 唇に滑る紅筆の感触に、思わずぴくりと身じろぐ。
 意識しての事ではないが寄せた眉に、苦笑交じりの吐息が落ちる。
「ああ…そんな力入れないで」
 くい、と顎を持ち上げるのはやや冷たくてしなやかな指先。
 紅を乗せた唇のやや下をなぞる親指の感触に思わず目を閉じると、じっとしていて、と更に苦笑を色濃くされる。
「もう少し、唇を開いて…いや、それじゃ開きすぎ」
 力抜いて、と耳元に囁く言葉にぞくりと背筋を駆け上がる何かを感じる。
 背筋をなぞる指先に、吐き出した吐息の温度はきっと高いだろうに紅筆を手にした快斗はそれで良いよ、などとさらりとかわす。
 快斗が手にした紅筆に乗った色は、鮮やかなチェリーレッド。
 正直黒だの紫だのビビッドなスカーレット・ルージュだの持ち出されたらどうしようと思っていたが、この色ならばまずまずの妥協点。
 もう少し地味な色でもいい、と思わないでもなかったけれど、快斗が最初に示したパールピンクのそれよりはまだましだ。
「新一、肌白いからピンクの方が似合いそうなんだけどな」
 …そんな可愛らしい色、誰が付けるか。
 そんな色、もっと似合いの女の子にでも刷いてやればいい。
「…思ってもいない事口にしないでよ」
 わかっていても嫌だ、と苦笑する快斗の言葉と表情にどれだけ嘘があるかなんて、考えるのはとっくに止めた。互いについた嘘なんて紙切れよりも軽くて価値がなくて、真実すらそれの裏返しでしかない。
 男の恋人の唇に紅を刷くという倒錯的な行為でさえ、異常性を感じない自分たちがどうかしているならそれでもいいか、とさえ思う。
 考え事をしている間に、どうやら満足のいくように塗り終わったらしい。快斗が晴れやかな笑顔でおしまい、と紅を仕舞うのを見て、思わずその手首を取って口付けた。
 白いシャツの袖口に僅かに付着した赤い口紅。
 少しだけ意趣返しをした気分になって上目遣いに快斗を見上げると、少し困ったような表情のままぽつりと呟く。
「ちょっと新一…せっかく塗ったのにどうしてそういう事するかな」
 剥げちゃったじゃん、と不満そうに告げる快斗に、ずれているにも程があるとちょっぴり後悔しないでもなかったけれど。
 テーブルの上に放置されたままのコスメボックスから、一本抜き出す。綺麗な銀色のそれは、快斗が最初に勧めた少し可愛らしいパールピンク。
 塗りなおせば?と言外に告げた言葉を間違いなく理解したらしい快斗が、仰せのままに、とウィンクを返した。





2005.03.31.

H O M E *