15.孤独
孤独と孤立と拒絶はそれぞれ別のものだと、少なくとも己は定義する。
一人眠らない夜の街を見下ろしながら、怪盗KIDは目深にトレードマークのひとつであるシルクハットを被り直した。
誰に理解される必要も無い。
誰に認知される必要も無い。
此処に在るのは己の我侭で、それ以上でもそれ以下でもない。其処に他者の許可は微塵も必要ではなく、故に一人在るという現実は苦痛でもなんでもない。
何度も繰り返す期待と肩透かしの落胆も、もう慣れた。
夜毎の高揚も既に無く、ただ演じている『月下の奇術師』の仮面がより研ぎ澄まされるばかり。鋭利な三日月に差し伸べた指先から、ちくりと走った痛みは見ないふりで。
忘却が救いだというのなら、それを選ばなかった己へのこれは当然の帰結だろう。
何もかも抱え込み、一欠けらたりとも取り落としたくなかった己の我侭こそが、孤高とも称される怪盗KIDの存在そのもの足り得るのだとしたら。
「…是非もない」
救いなど必要とはしていない。
癒しなど以ての外だ。
ただ己が求めるのは、輝石に眠る赤色。禍の女の名を持つ秘められた稀なる石ただひとつ。
その為ならばこの手を血に染める以外の事は、何一つ躊躇わぬと既に決めた。
受け継いだこの衣装と名前が許すならば、それさえもきっと躊躇いはしなかったろう。けれどもこの姿も名前も、根本に在る父が作り上げた偶像だったから、それを崩してしまう事はどうにも躊躇われた。
唯一残ったそれさえ失ってしまえば、既に指標となるものが無い事を無意識に知るからかも知れなかった。
あの、雨の日。
遺影を前に握り締めた小さな拳は既に無く、あの頃の父には及ばぬもののしなやかに動く魔術師の手を年月と共に手に入れた。
鮮やかに焼きついた無力感と悲しみを、それでも絶望にはしたくなかった。残されたものがあることを己は知っていたからだ。
それが今もうひとつ追加されたとて、この孤独は変わることなど無い。
…その、筈だったのに。
「…貴方が、いけない…」
ぽつり、呟いた声は細く、ただ都会の夜の薄い闇に溶けるばかりで。
握り締めた手のひらが小さく震えることさえも、自覚の外にあり。
「私は…まだ、なにひとつ」
この手には何もない。
為したものも無く手に入れたものも無い。
仮初の魔法は他者に何かを齎す事はあっても、己の中には何も残らない。
行使するのが、己ではない仮面の存在だからなのかも知れない。
見下ろした不夜城は、今日も鮮やかに人工灯が瞬く。
血流が如く流れるテールランプ、明滅する鼓動のようなネオンライト。東都に眠りが無い事を知らしめるかのような夜の底で、けれども一際鮮やかな青を知っている。
孤独と孤高と孤立、ひたすらに続く拒絶の中で、ただひとつだけ確かな青を。
その名前を唇の動きだけで紡ぎ、静かに暖めるように怪盗は己の手を胸へと当てる。仕舞い込むように留めたその名前こそが、永遠に続く痛みの唯一の緩和剤であるかのように。
知っている。かの人もまた孤独に喘ぐ存在である事を。
背中合わせの位置に立つ、真逆の存在はそれ故に最も近しい事を。
いつかと願う心を殺し、KIDは夜の街へと降り立つ。
頬を過ぎる冷たい夜風が、刃のように過ぎるに任せて。
孤独は望んだ故のもの、誰に理解される必要も許容される必要も無い。
けれど。
いつかそれを溶かすのが、あの唯一無二の『青』であればいいと。
切に、願わずには居れなかった。
2006.09.03.
H O M E *