10.布団を濡らす涙
「…は?」
「んだから、そーゆーのは俺駄目なんだって」
時刻は真夜中、場所はベッドの上。おまけに二人ともパジャマ姿。
お間抜けにも最愛のパートナーとそんな時刻にそんな場所で向かい合って、あっけらかんと告げられた有り得ない拒否に、黒羽快斗はかくりと顎を落とした。
そもそもこの相手、『工藤新一』とは出会いから再会から恋人に至るまで、何から何までデンジャラスでドラマティックでミラクルだった。
最初の出会いはネットワーク上。自分ではない自分同士で出会って、その力量に覚えたのは興味。
再会は月下の高層ビル。強風が吹き荒れるビルの屋上で、向けられた敵意は直ぐに翻って共感になった。
覚えた興味と共感は、図らずとも親しく過ごすうちにごくごく自然に恋情へとすり替わった。
自覚してしまえば行動に移すだけだ。行動的な己が身上の快斗である、速攻で好きだと告げて思いがけず相手からも同意を得て、さあこれからという時につれないなりたてとはいえ恋人からこの台詞。
確かに、稀有な蒼い双眸と怜悧な美貌に惹かれる人間は、彼が表に出た以上これから芋づる式に増えるだろうから少々行動を急いていた自覚はある。あるが。
「な、なんで駄目なの!?だって俺たち『ソウイウコト』してもおかしくない立派な『コイビト同士』でしょーっ!?」
「つってもなー、こればっかりは」
茫然自失の状態からコンマ何秒かで再起動した快斗は、思わず向かい合う新一の肩を掴んでゆさゆさと揺さぶる。
がくんがくん、と揺さぶられながらしばし思案していた新一だったが、思い出したように快斗の手を引き剥がし、問答無用でその脳天に拳を叩き込む。
「いい加減にしやがれ、俺は首振り人形じゃねえっつーの」
「し、新一君たらひどーい…俺がバカになったらどーしてくれんの」
痛烈な一撃を落とされた頭を撫でさすりながら、快斗は恨みがましく新一を見上げる。
「…多少バカになった方がいいんじゃねえ?オマエの非常識な頭の場合」
「あ、冷たい…ちょっと凹むんですけどその言い方」
心底嫌そうに告げて眉を顰める相手の様子に、この人本当に俺の事好きなんだろうかと疑いたくなっても快斗に罪はないと思う。大体非常識な頭はお互い様ではなかろうかと思ったがそれは賢明にも口には出さないでおいて、現状を打破すべく搦め手でいくかと唇を尖らせる。
「だってさー、俺だって健康なオトコノコよ?好きな相手が傍に居たらそりゃ触れたいって思うじゃん?」
「いや俺だってそこまで否定しちゃーいないが」
即座に返る肯定に、余計に快斗は『?』、と首を傾げる。
否定しない、と言うことは快斗が新一に対して持っている感情的な部分にはやぶさかではない、という事か?
ならば一体どういう理由で拒否しているのかとポーカーフェイスを落っことして疑問符を貼り付けた快斗の表情に新一の唇から落ちるのは溜息。ボケボケしている快斗の額にぺしりと右手を当てて、新一はもう一度それはもう盛大な溜息をベッドの上に落っことした。
「…俺さあ、見ての通りこういう身体なわけだ」
こういう、という言葉が示すのは、恐らくは彼の身体中に張り巡らされるように印字されているナノマシン・コード。コードプリント自体はナノマシンの定着素地としての意味合い以外特にコレと言って害を及ぼすものではないが、確かに素肌に濃紺だのパールブルーだの真紅だのの幾何学模様と数式は、少々人目を引くものである事は間違いない。
「うん。まあ確かにちょっとグロテスクという意見も無きにしもあらずかも知れないけど、でも快斗君はそんな事くらいでくじけるよーな愛情で新一の事好きなわけじゃないんですけど?」
「…話は最後まで聞け。ついでに無駄に長文で一息に喋るな。まあ…その溢れるよーな不羈の愛情とやらは有り難いが、問題はそこじゃない」
「んん?」
どこか言い辛そうに視線を迷わせ、やがて腹を据えたのか真っ直ぐに快斗の目を見て新一は、その決定的な一言を口にした。
「…オマエさ、まだ死にたくねえだろ?」
「は?」
何ですかその唐突過ぎる一言は?
今夜だけで何回繰り返したのかわからない呆気に取られた表情で固まった快斗の様子を知ってか知らずか、新一は再び視線を斜め下に向けて早口で一気に真相を告げる。
「いやだからさ、俺の身体ってナノマシンが遺伝子単位で身体組織に同化してんだよ。細菌とかウィルスとかとほぼ同程度だと思って貰えれば間違いないが。
キスくれーなら消化器官とか首から上とかは侵食率低めだから問題ないかなーと思ってたんだが…
それ以上となるとえーとその何だ、俺の保有している因子と親和性が低い奴ならショック死しかねないというか」
…要約すると、こういう事だろうか。
工藤新一はご存知の通り『改造人間』である(そこ、笑うとこじゃない)。
違法な人体実験の被験体だった彼は、実験の末に少々非常識な能力を得るに至った。その原因となっているのは彼の身体組織に侵食と言うか融和というか、投与され馴染んだとある因子。とにもかくにも工藤新一にはその因子、すなわちナノマシンと呼ばれる極小機械が人為的に投与されており、そのナノマシンを体内で飼っている状態にあるといえばわかりやすい。
但しこのナノマシン、誰にでも適応するわけではなく、その親和性は人によってまちまち。更に『工藤新一仕様』にカスタマイズされた状態では、更にその適応者は少なくなるだろう。むしろいるのか?そんな奴。
そして、身体組織と遺伝子レベルで結合しているそれは、血肉に溶け込んでいる状態と言っても過言ではない。実際に稼動している主要機関は目立つ形で身体器官に融合しているが、要素としては彼自身の染色体に深く結合している状態だ。
すなわち、深度の高い接触をすると、相手の体内にもナノマシンが移動する可能性が無視できない、それに伴うショック症状の可能性は否定できない、と?
「ええええ!!?何それ、一生おあずけって事!?」
「…まあそうとも言う。ついでに言うならディープキスもやめた方がいいぞ、感染経路としては0とは言い切れないからな」
「うっそおおお!!?」
がくり、と肩を落とした快斗の肩をぽんぽんと叩いて、じゃあソウイウコトでおやすみ、とベッドにもぐりこんだ新一の背中が寂しい。というか悲しい。切ない。
誰よりも大好きで大好きで愛している相手からの一生おあずけ宣言に思いっきり落ち込んだ快斗に、この上同じ布団で寝ろというのかチクショウ!この小悪魔!
思わず涙ぐみそうになった瞼をごしごしと袖口で擦って、がばりと布団にもぐりこむ。ふわりと伝わる相手の体温と僅かなシャンプーの匂いが余計に悲しい。
両思い一日目の夜。
背中越しに伝わる相手の体温と吐息に、快斗は布団と枕を涙で濡らしたのだった。
「…ぜってえなんとかしてやる…!みてろよ新一!!この俺に不可能なんてないんだからな?!」
濡らして…アレ?
…開き直ってる?
ぐすぐすと涙で顔中ぐしゃぐしゃにしながらも、黒羽快斗は誓った。というか、溢れんばかりの愛情と同レベルの健康な青少年の欲望によって誓わざるを得なかった。
無理だというなら可能にするまで!
遺伝子関連もナノマシン工学も専門外だが、新一の為ならば勉強しましょう!関連資料はどこの研究機関のデータベースが良いだろうかと非常識なまでに出来の良い脳みそをフル回転させている傍ら。
今までとは段違いに快適な柔らかいベッドと、程近くに感じる好きな人の気配にくうくうと眠る新一ひとり、シアワセそうに微笑んでいた。
2005.05.04.
H O M E *