だいすき
「大好きだよ」
ふわりと、何の屈託もない優しい笑顔で告げられた言葉に一気に体温が上がるのを感じた。熱を持つ頬はきっと真っ赤に染まっているだろうし、傍らで共にその言葉を聞いていた隣家の幼い科学者はあら、と一言呟いて俺の顔を見て苦笑を漏らす。
そして、それを告げてきた少年から青年になりかけた自分のドッペルゲンガーは、答えを確信するような、それでいて諦めているような微妙な笑顔を崩そうとはしない。
そりゃ。
そりゃあ、客観的に見れば俺がコイツの事を好きになる可能性なんて0に等しい。
ついでに言うならこの言葉が多少のパーセンテージを引き上げたとしても、それでもやっぱり『あり得ない』現実だろうに。
実際は、というとたった一つのファクターがそれを120%まで引き上げる。
すなわち。
そう、俺がコイツをその言葉を貰わずとも『大好き』だって事だ。
だから、その『大好き』な奴の『大好き』な声で囁かれた甘い言葉は人よりずっと良く回るはずの頭脳もさらりと言葉を紡げるはずの舌も麻痺させていて、俺はああ、とかうう、とか呻く様に言葉にならない声を漏らすことしか出来ない。
あらあら、と幼い科学者の面白がるような声にも反応出来ない有様だ。
なんてザマだ、これが俺か。
それでも、今もあの一瞬の告白がぐるぐると頭の中で回っていて何も考えられない。返さなくてはいけないはずの返事でさえ、思考にならずにばらばらと散らばるだけで言葉にならない。
そんな俺の様子を困惑と取ったのか、目の前の男は笑顔を微妙に翳らせて俯く俺の顔を覗き込むようにして囁いた。
「…ごめんね」
「ち、違っ…!?」
謝罪の言葉、それを認識した瞬間俺は無意識に手を伸ばしてアイツの腕を掴んだ。シャツ越しでも僅かに自分より高い体温と無駄なくしなやかな筋肉の感触が伝わって、そんな些細な事にすらどきりと心臓を跳ね上げる。
謝罪=この告白に俺は否定的だとアイツが思っている、という事。冗談じゃない!
「しんいち?」
「だ、だからっ…違くて、その」
ああもう、事件現場で推理を披露するときの良く回る舌は何処へ行った、俺。
しどろもどろになりながらもどうやら何か言いたい事があるようだ、という事は察してくれたらしく(流石IQ400は伊達ではないらしい)俺がしがみ付いた腕もそのままにしてくれている。
「う…その、別に、困ってたり怒ってたり…とかじゃ」
ああ何故素直に嬉しいと言えないんだ俺は!
背後で灰原が明らかに爆笑を堪えるように肩を震わせているのにも気づいていたが、それを咎めたり気にかけたりする余裕はない。優しい笑顔を浮かべたまま、少し困ったように眉根を下げてこちらを見る優しい海の青色の瞳に言葉が凍り付いて出てこない。
ちくしょう、たった一言だぞ!?
『俺も好き』って一言言えばいいってのに、何故言えないか俺は!
あと一言でいいのに。それだけ言えばいいってのに。
出てこない『大好き』の、言葉。
ねえ、早く、気付いて?
きみをだいすきな、ぼくのこころに。
2004.11.14.
H O M E *