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「…チェックメイト」
ぽつり、と呟くように零れた声に、工藤新一は思わず閉じた瞼をおそるおそる開いた。
目の前には、奇妙な改造銃。特殊セラミックでコーティングされた、そこらの刃物よりよっぽど鋭利なトランプを発射するそれは、おそらく目の前の相手の自作品なのだろう。
冷ややかな視線。硬質な月光を弾くモノクル。
ふわりと風に舞うマントの白と、背後の月。
「ゲームオーバーだ、名探偵。…アンタの、負けだよ」
にやり、と口角がまるで獲物を目の前にした肉食獣のそれのように吊り上がる。物騒な微笑みだった。
ぞくりとするような感覚は、恐怖なのか、それとも。
思わずぎゅっと自身の右手で左腕を掴み、震え出しそうなそれを必死で留める。かちかちと奥歯が鳴る音の意味がどうしても理解できず、ただ茫洋とした瞳で月光を背に立つ白い怪盗を見据える事しか出来ずにいた。
「どうした、名探偵?その無駄によく回る舌は今日はお休み中か?」
嬲るように、キッドの銃口が額に当てられる。
声に宿るのは棘のような毒ばかりで、ちっとも優しくなんてない。
凛として月下に佇む無血の怪盗が、今ばかりは犯罪者の側面を剥き出しにして新一の前にある。
なのに。
なのに、何故。
「…おい、名探偵?」
どうして、この心臓は恐怖でも憎悪でも口惜しさでもなく、何処か甘さを含んだ感情ゆえに鼓動を早めるのだろう。
かつて子供の殻に押し込められた過去にも感じた事のない、何処か刹那的な空想を現実にしたいと望むのだろう。
未来を望んだ過去は幻。
ここに在るのは血の色のいま。
…その先は、きっと誰も知らない。
目の前にある白い手袋越しに、そっとトランプ銃を構えたキッドの手に指を伸ばす。嘲るような、蔑むような視線が新一を射抜いたが、それすら鼓動を跳ね上げる助けにしかならない。
恐らくは何の躊躇いも無く自分と言う存在を摘み取るだろうその腕。
浮かべる軽蔑の眼差しも冷ややかな殺意も、何もかもが彼が向け、己が向けられるというだけで特別となる。
手袋越しでも分かる綺麗な、それは綺麗な指先を確かめるようになぞって。
その手が指が齎すだろう痛みも苦しみも何もかもを許容するかのように、工藤新一はどこかうっとりとその瞼を閉じた。
2005.03.15.
H O M E *