あなたのすきなひと。
人を好きになる、というのは、膨大なエネルギーが必要な行為であると思う。
其処に切欠など些細なものしか必要なくても、持続するために必要なエネルギーは膨大で、何時しか人はそれに疲れて「好き」をやめてしまうのだろう。
それは、友愛よりも恋愛の方が労苦を多く強いるから、余計に疲弊も早いのかもしれない。
けれど、それでも人は好きになることをやめられない。
感情と理性の狭間で揺れる、人間という生き物は「好き」を繰り返さずにいられない。
ぼんやりと昼下がりのコーヒーを楽しみながら、灰原哀はそんな事を考えてみる。毒にも薬にもならない上に、人類というものが言葉と感情を手に入れてから誰もが思い悩んだありふれた命題だったが、こんな何もない時間には相応しいのではないかな、とも思う。
わたしのすきなひとは、くるしいこいをしている。
言葉にしてしまえば呆気ないそれが、現在の灰原哀の感情だ。
好き、と思えた目の前の青年は、押し込められた子供の殻を破って手に入れた自由の中で、たったひとりに苦しい恋をしている。
それは叶わぬ想いで、叶えてはいけない想いで、叶う見込みもない想いだったから、彼は黙ったまま苦しさをやや伏せた眼差しにのみ映して、何も言わずに唇を噛む。
言わないはずの苦しさが理解できるのは、自分もまた目の前の彼に言えない、言わない想いを抱えているから。
大人の姿を選択しなかったのは、この姿のままなら彼の傍に居られると思ったからだ。
この腕が脚が背が伸び、かつての己を取り戻す頃には、彼の傍はあの長い黒髪の少女が占めているだろうと思ったから。
けれど現実には、彼は彼女を選ばずにもっと苦しくて切なくて想いさえ告げられない恋を選んだ。
触れる事さえ、会う事さえままならない、自己満足のような恋を選んでしまった。
あなたのすきなひとは、どんなこいをしている?
問える立場にもないし、問うつもりもない言葉が、ぐるぐると己の中を過ぎるのは、きっと未練じみた感情故。
何度か見かけただけの彼の想い人からは、日常の匂いは感じ取れなかった。無理もない、白い衣装を纏い夜を駆けるそれは、その人物の一部分、仮面でしかないのだから。
わたしのすきなひとは、くるしいこいをしていて、
あなたのすきなひとを、しずかにおもってかなしむ。
どうか誰もが傷つかない結末があればいいと願う自分の痛み。告げられない想いを封じ込める彼の痛み。
そしてひょっとすると、今も夜を駆ける彼の想い人の痛み。
誰もかれもが痛みを抱えたまま、恋を、している。
2005.07.26.
H O M E *