堕ちる
「ふぅん?」
にっこりと、それはもう綺麗な笑みで君が微笑う。
そんな笑みを見せられたら、僕が決して逆らえない事を誰よりも知る君が笑う。
綺麗な、誰もが見惚れるほど細くしなやかで綺麗な仕草を見せる指先を伸ばして僕の頬に這わせて君が笑う。
蒼い目の色が、壮絶な程に深い。
つめたい指先は爪先まで綺麗に整えられている事を知っている。イメージじゃないなんて笑うなかれ、君の身体は何処までも整えられている。無意識に、意識的に。
つややかに磨かれた爪の真珠色は、君が求めて僕が願うもの。
無造作に見える全てが君の中では運命律のように予測されたものである事も知っている。
君の心が誰もが思うより傷つきやすくてやわらかい事も知っている。
知ってるんだ。
「…名探偵、」
だから、ほら。
堕ちておいで。
君の全てでなくても、君を一番良く知るだろう僕のところに堕ちておいで。
つめたい指先。触れて拒絶しない意味は、何?
「貴方は、残酷だ」
そんなものをかざして僕が引くと思ったならそれは少々僕と言う存在を甘く見すぎてるんだ。
君が思うより僕はずっとヒドイ男。
求める『たったひとつ』の為なら何を投げ出す事も厭わないくらいにヒドイ男なんだ。
「こんなに、」
堕ちておいで。
僕はとっくにこんな場所まで堕ち込んでいるのに。
君だけが其処にいるままなんて酷いじゃないか。
おちて、おいで。
「…私が」
しろいしろい幻影が過ぎる。
君が思うほど世界は君を責めてなぞいやしない。
君を責めるものはただひとつ、君自身だ。君という潔癖で純粋で残酷なほどに綺麗な存在だけが君を責める唯一のものだよ。
僕如きが君を責められるのだと思っているのなら、それは間違いだ。
むしろ君こそが僕を責めている。僕が必死で隠している全てを知りながら、そうして何でもないように振舞う君こそが。
だから、僕のところにおいで。僕のところまで堕ちて、おいで。
「貴方を…」
言葉はもういらないんだよ。
君が墜ちて来ないと言うのなら、僕の伸ばした手は間違いなく君を引きずり落とすんだ。
なのにそれを離さないのは、誘っていると取っていいの?
腕を伸ばす。
ひやりとしたつめたい、綺麗な指先をその手で掴み取る。
欲しい欲しい欲しい…全てを、だ。
「黙って…堕ちろ」
ここまで僕を堕としておいて、君だけ白を纏って純粋を気取るなんて事は許さない。
それが君が綿密に張り巡らせた運命でも無意識でもそんな事はもうどうでもいい。
「そうしたら、欲しい言葉をくれてやる」
これは取引だよ。
君が欲しい言葉と、僕の欲しい全てと。
引き換えにする覚悟もないのなら二度と触れるなと叫ぶほど、僕は狂って君に堕ちた。
さあ、おいで。
にい、と満足そうに嗤い、探偵は怪盗の手を引く。しろくてつめたい、綺麗な手を。
「さあ」
堕ちて、おいで。
2004.11.08.
H O M E *