まなつのねこ。(せなかのねこ。番外編)
「……あちい」
じりじりとアスファルトとそこを歩く人々を焼く真夏の太陽光。
容赦の欠片もなく降り注ぐそれに溜息をひとつ落として、今日も今日とて恋人の家に通う黒羽快斗・十七歳は日陰を渡り歩くようにしながらやり過ごしていた。
駅から少しだけ離れた工藤邸のある一角は高級住宅地。
道路の幅も家と家の間も庭のスペースも十二分に取られ、塀や垣根が作り出す僅かな影は途切れ途切れで息抜きにもなりはしない。
更に恋人の家に待ち構える体温の高い毛玉の群れの存在を思い出し、更に快斗は溜息を落とした。
まあ、それでも通ってしまうのはそれこそ愛の成せる業か。
少し拗ねた、けれども頬を染めた可愛らしい恋人の表情を思い出し、にへら、と相好を崩す。普段は格好良い希代の名探偵が時折見せる子供のような表情は、きっと快斗の前で『ねこ』が剥がれ切っている故のことだからだ。
それは何より気を許されているということ。近くに在るということ。だからこそ、嬉しいと思う。
辿り着いた立派な玄関の前ですう、とひとつ深呼吸。何せこの家に入る為には……入って愛しの名探偵の傍に居るためには、敵意はないがそれ以上に厄介な好意を向けてくる工藤新一の『ねこ』の相手をしなくてはならないのだ。
誰もが背中に飼っている、外面の象徴……『ねこ』。
見目麗しく礼儀正しい平成のホームズのそれは……なんというか、相当に数が多く、また飼い主の感情を明確に反映したかのように快斗の事が大好きだった。
そして本来かなり行動的で直接的な新一の『ねこ』の愛情表現はかなり過激だ。新一がそれだけは、と思っている所為なのか手に引っかき傷等を付けられたことは無いが、快斗によじ登る、肉球でぺちぺち叩かれる、猫キックを寄越す、は既に日常茶飯事。
うっかり転寝でもしようものなら素晴らしい圧力のねこ布団が快斗を襲うのである。
そしてなによりも厄介なのは。
工藤新一が、その『ねこ』を下ろしてしまえば己の『ねこ』にさえ焼きもちを焼くほどの、ちょっと捻くれた性格の持ち主だったということである。
快斗が飼っている白い『KID用ねこ』と黒い『快斗用ねこ』たちをその両腕に抱え、自室に篭城して不貞腐れてくれた回数など数えるのも面倒なくらい毎度のコトだ。どうやら快斗が新一の『ねこ』をあまり邪険には出来ないのが原因らしいのだけれど、そればっかりは新一に連なるもの全てに対して甘い快斗には無理な相談だと溜息を落とすしかない。
何はともあれ、慣れた『ねこ』たちの手荒い歓迎を覚悟してがちゃり、とドアを開けた快斗はけれど訪れるはずのものが何もないことに目をぱちくりとさせて立ち尽くした。
「……あれ?」
普段なら、快斗の来訪を察知して玄関先で待ち構えている筈の『ねこ』たちが一匹も見当たらない。ひょっとして恋人は留守なのだろうかと慌てて確かめた玄関先には、彼がいつも履いているスニーカーも革靴も揃えて置いてある。それにその気配も、きちんと辿ればちゃんとリビングに居るようで。
なんだろう、家で『ねこ』被りっぱなしってコト?と首を傾げながら、勝手知ったる他人の家のリビングのドアを開けると、途端にひやりと快斗の脇をつめたい空気がすり抜けてゆく。
かなりガンガンにクーラーが効いた室内で、ソファに転がって読書をしていたと思しき恋人がぴょこん、と顔を上げる。滅多に見られない満面の笑みを浮かべて、新一はぱたぱたと快斗に駆け寄り、ぎゅっと抱きついた。
「遅せーぞ、快斗!」
ずっと待っていたのだ、と朗らかに告げる新一に、いつもの不機嫌さも拗ねた様子も無い。ついでに『ねこ』を被っている時のような余所行きの態度でもないから、快斗はいよいよ困惑してぎゅーぎゅー抱きついてくる冷たくて気持ちいい新一の身体を抱きとめながらぽつりと呟いた。
「ええと……あいつらは?」
途端に新一の表情にむっとしたものが混じり、あ、コレはヤバイと快斗は慌ててぷるぷると頭を振る。
「違うって!何時もあんなに強烈な出迎えがあって、今日いきなり無いんじゃビビるだろ!?」
慌てて否定する快斗の言葉に、細めた胡乱気な眼差しを向けた新一だったが、不承不承ながら納得したのか簡潔にその居場所を口にする。
「……あいつらなら、客室」
「へ?何で?」
何せ、工藤新一の『ねこ』である。その行動は傍若無人で遠慮など欠片もしない。猫らしい奔放さはそのままな謎の生物?は、快斗の知る限り工藤邸のそこかしこに転がっている筈であるのに。
「……何で客室?」
「客室はクーラー効かせてねーからじゃねーの?」
「くーらー?」
言われてみれば。
この涼しい……というか少し肌寒くさえあるリビングほどではないが、玄関とそこから伸びる廊下にも空調は効いていたように思う。……『ねこ』の来襲を身構えたり疑問に首を傾げていたりしてその時は全く気付かなかったのはちとどうかと思うが。
「あちーからクーラー入れるようになってから、空調効いてる部屋には寄り付きもしねーけど」
「『ねこ』って、クーラー嫌いだっけ?」
「さあ?」
二人揃って首を傾げたところで、ぽて、と快斗の背中から『KID用ねこ』が転げ落ちる。真っ白い彼らはうにゃうにゃと嬉しそうに、工藤邸のリビングにおける定位置である窓際のラグの上に転がり、無防備に前足後ろ足を投げ出していた。
新一の飼っている『ねこ』たちよりは随分と控えめな彼らだが、それでも他人の家でこうまで寛げる辺りがまあKID用という名に恥じない豪胆さと言うかなんというか。まあ兎も角、『ねこ』という生き物(?)そのものがクーラーを嫌い、ということではないらしいが。
「『ねこ』だって生態は普通の猫と変わらねーんなら、クーラー嫌いなヤツだって居るんじゃねーの?」
「かも、なあ……」
涼しいのが嬉しいのだろう、冷えたラグの上でごろごろと転がる己の『ねこ』を眺めながら、快斗は少し遠い目をする。確かにあの手荒い歓迎には辟易していたが、居ないなら居ないで寂しいものだ。
「いーじゃねーかよ、『ねこ』のコトなんて。それとも俺だけじゃ、つまんねー?」
少しぷうとふくれて告げる新一の声に、弾かれたように快斗は己に抱きついたままの恋人を見つめる。
とんでもない。大切なのはいつだって彼一人だ。
彼が大切だからこそ、彼に連なる全てが大切。何一つ幸せを取りこぼさないように願うのは、彼の存在あってこそなのに。
ぎゅ、と少し快斗の体温が移って暖かくなった恋人の身体を抱き締める。見かけに反して相当に鍛えられたしなやかな身体は女の子や子供のようにやわらかくはなかったけれど、快斗が愛した名探偵そのものを体現するかのような、身体。
彼がこの身体を取り戻すのに、どれほど苦労したのかを知っている。それを何があっても絶対に諦めなかったことも。だからこそ、こうして此処にある現在はとても貴重なものだと思える。
そっと、快斗の指先が新一の頤を辿る。
そして、新一はそれを欠片も拒まない。
「……いいか?」
「ばーろぅ……いまさらっ、」
言いかけた新一の唇を己のそれで塞ぐ。やっぱり拒絶の意思がこれっぽっちも感じられない恋人の指先は、おそるおそる快斗の服を掴むばかりで。
今日は邪魔する『ねこ』も居なくて。
冷房が程よく効いた部屋のラグで転がる『KID用ねこ』たちは我関せずとばかりに既におやすみモード。
更に肝心の恋人は、うっとりと両目を閉じたまま拒否の欠片も見せてくれない。
『……これは、ひょっとしなくても?美味しく頂いてオッケーってコトなのか……?』
今までの停滞っぷりがうそのように一足飛びで進む関係に、快斗は正直嬉しいながらも己の過分な幸福に現実を疑わざるを得ない。
正直、ひょっとして目を開けたらいつものように新一の『ねこ』たちが自分の上にこれでもかと乗っかっているような気もするのだけれど。
目の前の恋人は可愛いし。
触れている肌から伝わる鼓動は互いにどきどきと早まっていることだし。
何より快斗は、新一に触れたいと願っている。
「しんいち」
そっと唇の動きだけで綴った恋人の名前は、確かに伝わったらしい。薄く唇が笑みの形を刻んで、するりとその腕が快斗の首に回る。
少し冷房の中にいた所為で冷たい、しなやかな新一の腕。それが躊躇いなく伸ばされることを嬉しく思いながら。
「……大好きだよ」
何度言っても言い足りない言葉を告げながら、そっとその唇に己のそれを落としたのだった。
それにしても壮絶な光景だと、灰原哀は深い溜息を落とした。
目の前に死屍累々と転がるとろけた『ねこ』たちは、もはや「にゃー」の一声も泣けない程にぐったりと、工藤邸の客間とはいえかなり広い部屋を埋め尽くすように転がっている。
夏の盛りに差し掛かり、此処まで暑くなる前はかなりアグレッシブだった彼等の面影はもはや何処にもない。
何せ、この名探偵の背中に飼っている『ねこ』たちは少々性質が悪かった。
外見は、美猫だ。そりゃあもうすこぶるつきの美人さんばかりだ。けれども中身はといえばこれまた厄介な事に。
まず、非常に人懐こい。懐こいが気分屋でもある。
構って欲しい時は此方の都合などお構いなしで肉球でぺちぺちするわ拗ねてくると爪が出るわ傍若無人に人の上に上るわ足元に纏わり着くわ、兎も角愛情表現が激しいのである。逆にその気が無いのに手を出した時はその鋭い爪と牙でがりっ、がぶっ、と何の躊躇いも無く攻撃に打って出てくる。この辺りはある意味あの好戦的な探偵らしいといえばらしいのだろうか。
まあ兎も角、そんな凶暴な『ねこ』たちに手を焼いていたのは何も自分や足繁く恋人の家に通い詰めている怪盗だけではない。
背中で飼い慣らしている当人……工藤新一ですら、己の『ねこ』たちには悔しい思いをしていたらしい。何せ新一の『ねこ』は彼の恋人、黒羽快斗が大好きなのだ。
故に当人である新一の入り込む隙間もないほどに『ねこ』たちは快斗にべったりと張り付き、またこの快斗が新一の『ねこ』であるという理由からそれを邪険に出来ない。よって不貞腐れた名探偵は快斗の『ねこ』を抱えて一人自室で拗ねている、という構図がほぼ日常化していたのだが。
それが、夏の訪れによって一変した。
冷暖房完備な工藤邸のクーラーの最初の出番は、七月の台風が通り過ぎた暑い日の夜だった。丁度借りていた本を返しに来た日だったからよく覚えている。
暑さ、というより湿気がキツかったあの夜、面倒臭がりの工藤新一ですら耐え難かったのか、無言で埃が溜まったフィルターを取り外し黙々と掃除を続けていた。
その足元には、暑さと湿気で溶けた彼の『ねこ』たちが転がっていて、視覚的にも暑い。というか暴力的に暑苦しい。さっさとコレを返して自分も阿笠邸のクーラーの掃除をしよう……と勝手知ったる他人の家の書斎へ直行し、さっさと元あった書棚に本を押し込んで。
それでも辞去する前に一応一言、とリビングのドアを開けた瞬間、哀は思わず固まった。
『ねこ』が、突進してくるのである。
いくら『ねこ』とはいえ工藤新一の飼っている量が量である。どこかの怪盗のような非常識な体力と強靭な身体の持ち主なら兎も角、平均的小学二年生の身体しか持たない哀など簡単につぶされてしまう。
ざあっと血の気を引かせた哀と、予想外の『ねこ』の行動にしまった、という顔をした新一の視線が合った瞬間。
ぎにゃーにゃーうにゃーっ!!
凄まじい悲鳴のような鳴き声と共に、新一の『ねこ』たちは哀が開けたドアから一目散にリビングの外へと逃げていった。地鳴りがしたような気がしたのは気のせいだったのか本当だったのか。
真ん丸な目を互いに見合わせて、探偵と少女科学者はたっぷり数秒固まって。
「……何したの、工藤君」
「いや……俺はクーラー入れただけ……」
途方に暮れた表情で首を傾げる新一は、間違いなくよそ行き用の『ねこ』など余すところ無く取り落とした素のまんま。
そよそよと涼しい風を吐き出し始めたクーラーに二人揃って視線を向け、ぎぎぎ、と音がしそうな勢いで再び顔を合わせ。
「……嫌い、なのかしらね……クーラー」
「ああ……たまに居るよな、暑い・寒いの嫌いだけど空調嫌いな動物って」
にしても、あまりに激しい反応だったような気もするが。
廊下を音を立てて駆け去っていった『ねこ』たちは、どうやらクーラーの範囲外である階段辺りで転がっているらしい。この探偵と知り合ってからほぼ見慣れていた『ねこ』まみれの光景からの脱却に、哀は思わず吐息を漏らした。
「……何で貴方が知らないのよ」
先ほどの『ねこ』による圧死の恐怖を滲ませて、皮肉をたっぷり込めて告げた言葉に、けれど返ってくる言葉は予想外のものだった。
「つっても、俺が自宅でクーラー入れる機会がどのくらいあると思ってんだよ」
俺は暑いのはそんなに苦じゃねえし。
……思わずぽかん、とフィルター掃除が終わったばかりで腕まくりも直していない探偵を見上げた哀に非はないように思う。我侭放題で思いっきり現代っ子の彼だから、てっきり暑さ寒さに対する耐性なんて無いに等しいものだと思っていた。
曰く、『俺一人だったらクーラーもヒーターも殆ど使わないけど、今年は快斗が来るじゃねーか』とのこと。
可愛らしい台詞をやや頬を染めた可愛い顔で告げる探偵の言葉に少し冷静さを取り戻し、少し前までの哀と同じ小学生の姿を思い出して納得もしたりする。
工藤新一は読書が三度のメシより好きな為に誤解されがちだが、その本質は超・アウトドアな男である。
本当の小学生だった頃にはそれこそ毎日のように外で遊んで真っ黒に日焼けしていたことだろうと容易に想像できるほどの。
まあ、フィルターの掃除やオイルヒーターの給油が面倒だったという考え方もあるかも知れないが。
兎も角、どうやら工藤新一の『ねこ』は空調が苦手らしい、という結論を経て、その場は工藤邸を辞去した哀だったのだが。
「そうよね……工藤君の最大のお邪魔虫は、自分の『ねこ』だったものね……」
それを快斗の傍から排除できる機会を、あの名探偵が見逃す筈も無い。
あの日から工藤邸の主要部分には全て空調が施され、それが苦手な『ねこ』たちは、唯一空調を効かせていない客室へと避難する毎日。まあ、『ねこ』は基本的にナマモノではないので、気分的にぐったりしたりはすれど死んだりはしないので心配はいらないのだが。
『ねこ』に邪魔されなくなった新一の独占欲と愛情表現はかなり激しいもので、空調が効いて暑苦しくないのをいいことに常にぺったりと快斗にくっついている。
……そうすれば、二人とも若い男子なのである。
そこからうにゃうにゃでアレな展開に発展するのも日常茶飯事らしく、Tシャツの襟ギリギリの部分に真新しいキスマークを見つけて新一をからかった記憶も新しい哀だ。
襟元ギリギリ、という辺りに怪盗の紳士っぷりを見ればいいのか、それとも知っていて忘れているor隠そうともしない探偵を責めるべきなのか。
哀には正直判断が付かなかったが、結局どっちに転んでもバカップルには変わりはあるまい、という自棄のような結論に達してしまいそうになり慌てて頭を振る。
とはいえ、他人の恋路に足を突っ込むほどバカを見る事柄はない。哀としては二人が恋人同士なのも、いちゃいちゃでもらぶらぶでも正直勝手にすればいいと思っている。思っているけれど。
「……夏、終わったら……どうする気なのかしら……」
恐らくは、工藤新一の巧妙な罠(笑)によって夏に入ってから快斗に近付くことすら出来ないだろう、快斗不足で更に凶暴になった新一の『ねこ』と。
このぺったりくっついていちゃいちゃした状況に慣れた名探偵の独占欲と。
秋の訪れと同時にそれは決着を求めるに違いない。
そう遠くない未来にやってくる最終戦争。
果たして勝利するのはどちらなのだろうかと遠い目をしながら、哀は階下のリビングで猫のようにくっついて丸くなっていた二人を思い出して更に溜息。
「黒羽君。……骨は拾ってあげるから」
気の毒な探偵の恋人の行く末に目を閉じ、哀は『ねこ』に埋め尽くされた客間のドアをぱたりと閉めた。と、同時にダッシュ。
今日も真夏日の予報を出していた天気予報に遠い目をしながら、哀は己の程よくクーラーが効いた涼しい研究室へと逃げ込んだのだった。
とろり、と心地よいまどろみの中で、新一は傍らの恋人の体温に唇を綻ばせる。
ようやく自分ひとりのものになった、愛しい存在。意地っ張りで天邪鬼でちっとも素直なんかじゃない自分。その背中に飼っている『ねこ』もやはり一癖も二癖もあるシロモノで、何度悔しさに唇を噛んだことか。
でも、今はもう自分だけのものだ。互いの一欠けらさえ余すところ無く差し出した、自分だけの恋人。
真夏の、クーラーが効いた部屋のラグの上は『ねこ』じゃなくても眠気を誘われる。触れてキスしてそれ以上、もこなした後なら尚の事だ。
よく寝ている恋人は、起きる気配すらない。穏やかな寝顔に更に嬉しい気分になる。くしゃくしゃの猫っ毛を軽く撫で、柔らかな頬を辿る。自分もそうだが雄の匂いがあまりしない滑らかな顎から首筋のラインを眺め、誘われるようにして薄く開いた唇に己のそれを重ねる。
「……コラ、この悪戯めーたんて……」
「ありゃ、起きた」
ゆるゆると開けた瞼の下から露になる、綺麗な夜色の瞳。何回眺めても飽きないその色に更に笑みを深くする新一の背をぐい、と抱き寄せて、快斗は新一のおでこに軽いキスをひとつ落とした。
「も少し、寝てよーぜ……まだ眠ィ」
「えー」
再び目を閉じてしまった快斗に、新一は不満そうに頬を膨らませる。つまらない、と再び勝手にぺたぺたとそこらじゅうを触り始めた恋人に、快斗はもう一度溜息を落として瞼を持ち上げた。
「ナニ新ちゃん……まだ足んねーの?」
「足りねーに決まってんじゃん」
退かせようとしてわざと言った直接的な表現に、けれども新一はにっこりと笑って肯定してくれる。こういった関係を築くまで知らなかったが、新一は照れ屋のくせに変なところであけすけだったりする。
「快斗不足になったら俺、ナニするかわかんねーけど?」
補給してくんねーの?と問いかける顔は文句なく可愛くて。
満たされたと思っていた己の中で何かが渇きを訴える。
ひょっとしたら、ずっとずっと満たされることなどないのかも知れない、と諦め混じりに思うのと、悪戯っぽく笑う新一から触れるだけのキスが唇に落とされたのは、ほぼ同時の出来事だった。
『ねこ』もとろける夏の工藤邸。
とりあえず夏の間は『ねこ』まみれを免れた探偵と怪盗は、望むままに互いへと手を伸ばしたのだった。
2006.11.01.
H O M E *