せなかのねこ。



 初めてその光景を見た瞬間、かなり神経が太いことを自負し滅多なことでは驚かない黒羽快斗でさえかぱっ…、と顎を落として思わず凝視してしまった。
 無論、それは今も継続中の日常風景だ。

 人間は、誰しも数匹の『ねこ』を背中に飼っている。どうして、だとかどうやって、だとか研究している学者センセーも多いらしいが、今のところは皆目不明。唯一疑問に対して説明される一文は、「そうなっているから」の一言のみ。
 要するに、『人間』というイキモノは『ねこ』という存在と共存することが普通なのだ。無論快斗も数匹、KIDの分と合わせれば相当な数の『ねこ』を背中に飼っている。
 しかし、そんな快斗でさえ目の前の光景は驚かざるを得なかったのだ。現に、今も慣れない。
 『ねこ』というのは、人間の背中に張り付いているうちは見えない。実体ではないのだ、とは実りの少ない『ねこ』研究の成果のひとつだろう。兎も角、普通に一般家庭に飼われていたり野良だったりする「猫」とは一線を画す存在なのだ。
 そんな『ねこ』だが、主の背中から離れれば実体化する。『ねこ』を被らなくなった、と認識される瞬間が『ねこ』が実体化する瞬間でもあり、形としては普通の「猫」と大差ないものが、『ねこを被らなくなった』人間のいきなり足元に出現する。
 誰もが見慣れた光景だから、無論その程度で驚くヤツはいない。それこそ、生まれたての赤ん坊くらいのものだろう。
 だから、黒羽快斗が驚いたのはそんな事にじゃない。そんな事じゃなくて…

「…なんなんだよこの『ねこ』の数っ!?」
 被りすぎだろめーたんてー!?

 叫ぶ快斗の足元には、己の背中に飼っている数匹以外にも、玄関のタイルを埋め尽くさんばかりに転がる『ねこ』、『ねこ』、『ねこ』。
 全て、この家の主である工藤新一の背中に飼われている『ねこ』である。
 はふり、と工藤新一の抜群の魅力を誇る外面モードが終了した瞬間、どちゃ、と新一の足元を『ねこ』が埋め尽くす。
 トラ猫、三毛猫、灰縞猫。普通の猫と外見ばかりは変わらないものの、やはりそれは『ねこ』だから、少しばかり特殊で。
 背中で飼い慣らしている飼い主のことなど目もくれず、新一の飼い『ねこ』は快斗に擦り寄ってくるのが常だった。快斗の飼い『ねこ』も幾匹かは新一に張り付いているが、比率が全く違う。

 まず、足の踏み場が無い。
 ついでに身動きも取れない。
 更に言うならば、愛情表現が過激。

「正しく名探偵の『ねこ』だなー、とは思うけどよー」
「うっせ!」
 がうっ、と吼えてみせる様からは、外で見られる品行方正で大人っぽい名探偵の顔は欠片もない。被っていた『ねこ』は根こそぎ剥がれ落ち、快斗に擦り寄ってくる『ねこ』の数が即ち新一の本音だと思えば嬉しくもあるけれど。
「んでさ、それで何で新一まで俺にくっつくのよ?」
 『ねこ』だらけで身動きが取れないところに、更にぎゅうぎゅう腕に抱きついてくる名探偵。何時の間にやら好敵手→悪友→親友→恋人、というステップを高速で駆け上がった怪盗と探偵は、今では立派な恋人同士だ。
抱きついてくること自体は微笑ましいし望むところだが、此処は玄関で足元は『ねこ』だらけで、身動きどころか足すらろくに動かせない快斗はひたすら困惑する。

 だって、名探偵の理由ときた日には。

「…『ねこ』ばっかりオメーにくっついてて、ずりぃじゃねーか」
「いやコレめーたんてーの『ねこ』だからね…?」
 この『ねこ』が名探偵・工藤新一の愛かと思えば嬉しくもあり、困ってもおり。数十匹の『ねこ』に埋もれたまま、黒羽快斗は溜息をひとつ落とした。

 とりあえず。
 怪盗KIDを終わらせたら、マジシャンの前に『ねこ』の研究だ。隣家の小さな科学者と、妙な縁のクラスメイトの魔女も引き込んでやる。
 そうでなくては、新一に好かれているが故にそう簡単に新一といちゃいちゃできない現実を打破する事は難しい。『ねこ』たちは新一の感情に忠実で、快斗を無意識に慕う。それは快斗が背中で飼っているKIDも合わせて二人分の『ねこ』も同様で、工藤邸が『ねこ』屋敷になる日も近いだろう。
 未来予想図は前途多難で、だからこそ楽しくて仕方がない。『ねこ』が示す新一の愛情がある限り、自分は無敵だと快斗は思った。

 喉を鳴らしてご主人様の恋人に、素直に愛情を表現する『ねこ』たちに対抗するが如く、ぎゅうっ、と快斗の腕を取り抱き締めたままの新一の頬にキスを落とした。



2006.04.11.

H O M E *