[言えない言葉]


 時折、どうしようもない焦燥感に駆られることがある。
 本当は、そんなことを考える必要がないこともわかっている。こんなことを思っているなんて、相手に失礼な話だということも。
 でも、どうしたって自分は我侭で、独占欲が強くて、天邪鬼で、癇癪を起こすその度に、彼を困らせている事はわかっている。けれど、このよく回る舌はそう簡単に言葉を留めてはくれなくて、結果いつもいつもこんなことを繰り返す。
 喧嘩にもならない、一方通行の我侭。
 優しい彼の言葉に甘えて、いつだって謝ることさえ出来ないままで、その度に落ち込んで、また慰められて。
 何回繰り返したかわからないその連鎖に、思わず新一はため息を落とした。急がなくてはならないはずの通常業務も、気もそぞろな状態ではちっとも進まない。売り言葉に買い言葉ならぬ、一方的に売りつけた喧嘩の収束を見ないまま、彼が彼の事情で新一の元に何の連絡も寄越さなくなって、すでに一週間。
 罪悪感は頂点に達し、謝る言葉を届ける直通コールも繋がらず、特殊回線経由のメールも届けられない。理性では電脳領域上のリンクを意図的に彼が切断しているのだと理解していても、感情が彼の不在を許さない。
「…ばかやろう」
 ぱたん、と大きいだけのその領域の半分も新一が使わないデスクの上に上半身を伏せ、落ち込んだ気分で目を閉じる。
 思わず彼が行儀悪くよく座っていた机の端辺りをてのひらが撫でるのは、無意識なのか恣意的なのか。自分にも判断がつけられぬまま、優しい声が懐かしくなる。

 会いたい、と言ってくれるのも彼で。
 会おうとするのも彼だったから。
 新一は何一つ自分から行動を起こさぬまま過ごしてしまっていて、どうしたらいいのかわからなくなる。

「…ばーか…」
 会いたい、と言って感情のままに自分に会いに遠い地から来る彼の存在を、厭った事等一回とてない。
 けれど、所詮自分という存在は人類の特異点だから、これ以上の拡散を望むべきでない。快斗…デザイナーズ・チャイルドのファーストロットという存在もまた特異点ではあるけれど、新一のそれとは比べるべくもない。

 一切の孤独を、認めたはずだった。

 たったひとりで生きていく覚悟はできていたはずだったのに、こんなにも簡単に揺らいでしまう。所詮ヒトとしてしか生きられない自分をあざ笑うように、それは覆せない孤独への恐怖だ。
 傍らを心地よく感じても、内側まで全てを明け渡してはならないと戒めていた全てがあっけなく崩壊する残像に、新一は深く瞠目する。
「はやく…帰ってこいよ」
 きつく閉じた瞼の裏側で、勝手に構築された電脳接続領域がフル稼働する。意図していない場所で情報を検索し、整理し、新一自身が無意識に望む彼の姿を捜し求める。
 ある意味、本能よりやっかいな彼の忠実な内部独立組織…ナノマシン群は、いっそ腹立たしいほどに新一の願いを叶える。
「ちゃんと…謝れるから、今度こそ」
 ちっともはかどらない仕事を前に、新一はひとり決意を呟く。何度目かわからないその言葉を、今度こそ実現してみせると誓いながら。

 そして。
 そんな新一の元に、恒例のお土産を抱えて極北管理官代理が訪れるのは、あと2時間13分後の未来。

「しーんいちっ、たっだいまーv」
「うっせー!待ってねーよバ快斗!!」

 相変わらず素直にはなれてないみたいですけど…ね?



2005.09.05.

H O M E *