with [ 2005年成人の日記念SS ]


「…あのさあ新一」
「何も言うな」
 目の前にはそれは大きい、見事な染め地の風呂敷包み。
 それもひときわ大きいものが二つに、こまごまとしたものを包んであると思しきものが更に4つ。
 これを届けに来たとても柔らかい物腰の和装の女性と営業であることが探偵でなくとも見て取れる笑顔がさわやかな初老の男性、という組み合わせによって二人には中身は大体の予想はついている。
 しかし、しかし問題は。
「…送り主、優作さんと有希子さんだって?」
「おう」
 この二人が関わっている以上、常識などを判断支点にすることが誤りである事は生まれてこの方付き合い続けた新一のみならず、付き合いが浅い快斗ですら身に染みて理解させられた。
 己の母親を上回るすちゃらか最強夫婦からの贈り物。
 しかも内容は…多分。
「…開けて、いいのかな?」
「出来る事ならこのまま封印したいとこだけどな」
 ふっ、と顔に影を落として斜め下を見る新一に、諦めって覚えるものなんだとよくわからない経験を刻み込みつつ快斗はおそるおそる綺麗な藍色の風呂敷包みを震える手で開いた。
 ぱらり、と風呂敷が落ちた先にあるのは、金箔が梳きこまれた綺麗な黒い和紙の箱。妙に長細いそれに考えられるものはもはやひとつきりになっていたが、いやいや事実は何時だって予想の斜め上だもんな、と頭を振って箱の蓋を持ち上げる。
 と、その中には。
「ねえ新一。…俺、ここにあるの加賀友禅に見えるんだけど気のせいかな?」
「見てねえ。俺は何も見てねえ」
「ついでに言うとこっちの箱は江戸小紋の振袖っぽいんだけど」
「聞いてねえ俺は何も知らねえ!」
「…更に両方ともどう見ても百万単位は下らないんだけどさ」
「ううう…頼むから俺に現実を直視させるな…!」
 がくり、とカーペットに膝を付いた新一の横で、快斗もまた微妙に黄昏た眼差しで開いた二つの箱を見遣った。
 や、着物である事はわかってたけど?
 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ羽織袴であることを期待してた俺たちは間違ってないよな?
 ずれた斜め上方の予測が価格面だなどと、出来る事なら知らされたくなかった現実に乾いた笑いが零れる。
 百万単位は下らない、とあたりを付けたが、よくよく見て触ってみれば織りと染めから見て数千万単位かも知れない。もう4つある包みの中の恐らく帯だの帯締めだのといった小物類はもはや見たくない。総額は更に考えたくない。
「っくしょう、奴等、捨て身の攻撃に出やがって…!」
「うん…というか、この程度って優作さんたちにとっては痛手にもならないんだろーね、多分…」
 流石は工藤夫妻、只者ではない。
 しかしこの時期に既に仕立て済みの和服、しかも振袖という辺り恐らく意図は。
「…成人式に、着てけって事かな?」
「嫌だ、俺は着ねえぞ!?出るんならぜってえスーツで出る!」
「そりゃ俺だってそうだよ。ていうか、着物はちょっとねえ」
 昨今、羽織袴で成人式に出るのはヤンキーかよっぽどの家の坊ちゃんと相場は決まっている。誰がその中に混ざりたいものか。
  それに、とちらりと新一を見、次いで己の身体を見下ろしてどう楽観的に考えても和装が似合わない自分たちに溜息を落とす。
男性ものの正式な和装というのはある 程度恰幅が良くないと全く似合わないものだ。どちらかというと薄っぺらい自分たちが着て似合うのは軽く着る浴衣か着流しがギリギリだろう。それすら本格的に着るとなると、着付け時にどれだけタオルを詰めるのだろうか。
 だがそれも、わざわざ女物の振袖を成人式を迎える男性二人に送ってくる理由にはならないわけで。
 はあ、と二人揃って溜息を落とし、そっと見なかったことにするためにそれぞれの蓋を再び閉じる。ようやくの心の平穏に力なく笑顔を交わすが、彼らが油断した頃を見計らうかのように、鳴り響く電話の音に再び肩口をぴくりと跳ね上げる。
 引き攣った表情のまま新一がおそるおそる受話器を手に取る。そっと耳元に当てた子機からは、予想通りの妙にテンションの高い己の母親の声が聞こえた。
『はーい新ちゃん!母さんたちからの贈り物、届いたかしら?』
「と、届いたかしら?じゃねーよ!!なんだよあれ!?」
『何って…成人式のお着物じゃないの。ちゃんと快ちゃんの分もあったでしょ?』
 先ほどこれらの荷物を届けてくれた女性の告げた店名と同じ名前を口にして、ここ母さんの昔からの贔屓なのよ、と朗らかに笑う様は確かに伝説の大女優らしいものだったが。
「…自分の子供の性別忘れんなよ…!」
『忘れてないわよう、失礼ね!だって新ちゃんも快ちゃんもそっちの方が似合うじゃない。綺麗でしょう?』
 スーツなんて何時でも着られるものはつまらない、とあっけらかんと告げた彼女に、この脱力感は伝わらない。伝わるはずもない。
 物心ついたときからいろいろと諦めてきたがこれほどパンチのあるものはそうはなかったな、と微妙に彼岸に行きかけた意識をようやくの事で繋ぎ止める。母親の声の後ろで堪えかねたように妙な笑い声を零している父親に覚えてろ、と毒づきながら、新一は出来るだけ平静を装って問いかけた。
「で?何をしろって?」
『勿論成人式にそのお着物で』
「大却下」
 恐ろしい提案を一刀両断に跳ね除け、そろそろ切れそうな血管に思わずこめかみを空いた左手で揉み解す。我が親ながら時々…いや、ずっとこの辺りの思考回路は不明のままだ。
『つまんなーい。じゃあいいわよ、写真だけは撮って送ってねv』
 それが最大限の譲歩だろうと、付き合いの長い新一も溜息を落とす。写真…残るものは出来れば避けたいが、最も過程が他人の目に触れないものはこれしかあるまい。出来上がってしまえばそれはそれで割り切る。というかそうしなければ精神安定上よろしくない。
 わかった、と告げてもはやこれ以上の問答を酷くなる頭痛が拒否している事実に、二言三言交わして電話を切った。
 恐る恐るこちらを見る快斗の瞳に、こちらも目だけですまない、と詫びる。
 落ちた溜息は、ほぼ同時だった。



 目にも鮮やかな青の友禅の袖をひらりと翻して、新一はこれでもかと詰め込まれたタオルだの綿だのの詰め物+やや太目の着物と揃えの袋帯でぴんと…無理矢理伸ばされた背筋に吐息を漏らす。
 和装はメリハリの効き過ぎた体型にも似合わないが、あまり平坦すぎても似合わない。ある程度の補正が誰でも必要だと知ってはいたが、この舞台裏は少々『男の浪漫』的には頂けないなと思うのだ。
 コレでもだいぶ控えめにしたんだ、と割り切ってしまえばそれなりに楽しげに新一を着付けた快斗が言っていたが、それでこれか、と和服を普段着にしている服部の母を思い出して尊敬の念を覚える。何時の世も女性は偉大だ。
「つーか屈むのもきつくねえ…?」
「慣れれば結構平気だけど」
 思わず呟いた弱音に返った言葉に振り返れば、自力で着付けた快斗が苦笑を漏らしていた。
「オマエ、和装の女性に変装したことあったっけ?」
「ん、今のところ本番ではないけど、いつかするかも知れないから試した事はある」
 こんな高い着物じゃなかったけど、と己の袖を持ち上げてみせる。一見無地に見えるそれが江戸小紋独特の細かな文様の連続から出来ている生地なのだとわかる、それは見事な染色。
「うん、やっぱり新一はこの着物だとピンクだよ」
 己で刷いた化粧の出来栄えに満足したらしく、快斗は可愛い可愛い、と上機嫌に新一の髪を梳く。魔術師らしい器用な手の感触がくすぐったくて新一が身を捩ると、その笑顔を浮かべる快斗の唇にも普段とは異なり色が刷かれている事に気付く。
「オレンジ?」
「?…ああ、着物が一見地味だからね」
 よくよく見れば見事な小紋が鮮やかなものの、遠目から一見しただけでは無地に見えるそれを引き立てる橙色の紅。それを強調するように帯も小物も鮮やかな柄地のものだ。
「ふうん…なんか、妙な感じ」
 確かにオマエなのに、化粧しただけで性別がわかんなくなる、とまじまじと快斗の顔を覗き込みながら告げる新一に、快斗は苦笑してそりゃ新一も一緒、と笑った。
「俺だって素顔でこんな化粧した事ないよ」
 ステージでは多少ライトの関係もあって化粧はすることもあるが、こんな女性に近しいようなものはしない。変装用のそれはあくまで彩るものではなくて隠すためのものだから、こんな風には気を配らない。
「なんか、結局着ると似合っちまう辺りが…二十歳を過ぎた男としてはちょっとアレだけど」
 まじまじと快斗の顔を覗き込み、どこか満足した風に新一はにぱっと無邪気に笑う。
「なんつーの、眼福?」
「いやそりゃそのままお返しいたしますがね新一サン?」
 わいわいとそれなりに楽しそうにしながら互いの写真を撮り合ったりセルフタイマーで二人一緒に映ってみたり。
 異様にテンションが高いのは…多分、この後の事を考えたくないから。二人共に現実逃避だとはわかっていたがそれを直視するほどの蛮勇は持ち合わせてはいなかった。

 そしてその後。
 写真館に出すのも躊躇われるそれは、快斗が幾つあるのかわからない特技の一つで自力で現像して、平成のホームズとルパン両名によって厳重に過ぎるほどの封印を施しそれぞれの親へと送付された。
 決して流出させぬように、との二人の直筆の手紙を添えて。

 しかし、二人は知らない。
 何処をどうやったかわからないルートによって西の色黒探偵と倫敦帰りの鷹匠探偵にこれらの写真が渡ってしまうなどとは。
 また、それによって新学期早々『バルサンを焚く(訳:湧き出してしまった有象無象を容赦の欠片もなく平穏領域から駆逐する事、またはその手段)』羽目に陥るとは。

 知らぬまま、とりあえず互いの目の前にある綺麗なものを堪能すべく。
二人は揃って小首を傾げてにへら、と笑いあった。



2005.01.11.

H O M E *