tempest[ ハロウィン記念小噺(お題小噺『膝』の続き ]



「とりっく おあ とりーと?」
「ふえ?」

 唐突にかけられた予想外の言葉に、新一はきょとりと目を見開く。
 ぽてっ、とコイビトの膝に頭を預けた状態で問われたそれに顔を上げると、自然此方を見下ろしている彼とかちりと目が合う。
 くすくすと泡が弾けるような笑みを浮かべて、快斗は再度言い聞かせるように静かに囁いた。
「Trick or Treat?」
「あ、ああ…」
 『悪戯』か『お菓子』か?
 ハロウィンの定番文句だ。悪戯っぽく問われたのは、そういう言葉だからに違いなく。
 ぱちぱちと瞬きをしながら、それでもごそごそとポケットを漁って小さなセロファンに包まれたキャンディをひとつ、快斗の手のひらの上にぽてりと落とした。
 透明なセロファンの中身は、綺麗な半透明のイチゴキャンディ。
 甘党の快斗の買い置き品のひとつだが、新一も時々こっそりと失敬してご相伴に預かっている。淡い甘さはしつこくなくて、現在では新一のポケットにも常に一個二個が常備されており、この事実を知った幼馴染とその親友に遠い目をされた事も…いやいやそれはどうでも良くて。
 ともあれそれは快斗も予想していたようで、一言ありがと、と告げくすくすと笑いながらセロファンを剥きぽい、と己の口の中に放り込んだ。

 …意図が掴めない。

 まず本日の状況から整理すべきだろうか。
 本日自分こと工藤新一は、珍しく事件に呼び出されることも事件にぶち当たることもなく、平穏無事に一日を終えて帰宅した。
 面倒ながらも夕食の準備をせねばと中身が寂しい冷蔵庫を前に首を捻っていると、恋人であるところの黒羽快斗が来訪した。
 それは喜ばしい状況だ。特にこの黒羽快斗が買いに出るのも面倒な夕食の材料と共に訪ねてきたとなれば更に喜ぶべき事態である。
 故に工藤新一は、諸手を挙げて彼を歓迎し、二人で夕食を作り夕食を食べ、何時もどおりリビングで寛いでいた。
 そして、ソファに腰を下ろしバラエティ番組に笑う彼の隙を狙って、工藤新一お気に入りの彼の膝枕を堪能すべくぽすりとその膝に頭を預け、ごろごろと喉を鳴らさんばかりに全力で懐いて。
 その直後に、この台詞。
 さらにこの行動。

『わっかんねえ…!』

 この男の思考回路は、時々どころかいつも新一には読めない。
 今回もさっぱり理解できない。
 普通、そーゆーことを口にするというのは恋人同士の会話なら悪戯させてというお伺いのよーなものだと解釈するのが妥当ではなかろうか。
 ついでに言うなら、そういった状況で飴玉ひとつで誤魔化そうとした輩に対してはもうちょっと怒るなり気落ちするなりしてみせても良いのではないだろうか。
 と、どういう反応をするのかちょびっとだけ気になってキャンディを渡してしまった新一はそっと上目遣いに快斗の様子を伺う。
 …相変わらず上機嫌に膝の上の新一の頭を撫でながら、バラエティ番組に唇を綻ばせている。時々頬がもご、と動くのはキャンディを舐めている所為か。
 普通である。まったく普通の態度である。
 ぐるぐると思考回路が変な回転をしている新一を尻目に、まるで猫の子でも撫でているような自然な仕草で食後の一時を満喫している快斗。さっきまでは新一とてそれにプラスして快斗の膝枕も堪能していたわけだが、今はそれどころではない。
 ぐっ、と拳を握り締め、温もりと気配が名残惜しかったが快斗の膝からがばりと起き上がる。
 暢気にテレビの中のお笑い芸人のネタにあははー、と笑う快斗に詰め寄って、がうっと唸るように問い詰める。

「何なんだよオマエは!?ハロウィンやりたいのかやりたくねーのかどっちなんだよ!」
「えー、ちゃんとやったじゃん。俺が言って、新一が飴くれて。何怒ってんの?」
「そーじゃなくてっ!」

 話が通じていないような気がする。
 というか、最初から前提が異なっているような…?

 新一は考えてみた。格好良く言うなら推理してみた。
 一応世間様には迷宮無しの名探偵と呼ばれているだけあって、すぐさま答えは導き出された。新一の何処にもやり場のない脱力感と、自分ひとりで転げまわった思考の恥ずかしさを伴って。
「…つまりは、アレか?」
 この男は、ハロウィンの決まり文句を言ってみたかっただけで?
 (大方新一は毛の先ほども気にしていなかったバラエティ番組でちらりとハロウィンらしい話題が上ったのだろう)
 言ってみたら予想外に新一がキャンディを寄越したので、相手をしてくれた事に満足して終わった、と。
「なぁに?新一も言いたかったの?アレ」
「おまえな…」
 べたり、と再び快斗の膝に崩れ落ち、顔を伏せたまま脱力する。
 ああもういいよ、俺が勝手に期待してたのが悪いんだよ!!
 不貞腐れたように快斗の膝に頭を乗せたままソファの上で丸くなると、宥めるように撫でる手のひらの感触が伝わってくる。

 ああちくしょう、こんなトコまでアフターケアの行き届いたヤツめ。
 テメエ、絶対に俺が単に膝枕が気に入ってるだけだと勘違いしてやがるだろ?

 …そんなわけない。単に過去の状況からして、コレが一番くっつくのに理由がいらない手段だからだ。
 最初にあのビルの屋上で押し倒しまでしてやらかしたアレは…まあ、インパクトとしてコイツの中に刻まれるくらい、ちょっとばかし過激だったかも知れないとは思うが。
 もし拒絶されても、興味があった、という一言で誤魔化せると思った。どうせ俺の、旺盛な好奇心から派生する常識外れの奇行は今に始まった事じゃない。その一環として、胸の痛みを誤魔化してしまえると思ったこすっからい計算だった。
 けれども、コイツは俺を受け入れて。専属枕になるから、他の人にはやめてね、と念を押されて。
 それがどれだけ嬉しかったかなんて、きっと今でも理解していないに違いない。
 肌を合わせるのも心を重ねるのも嬉しかった。有り体に言うならシアワセ過ぎて怖いとさえ思った。ちょっとずつ互いの事を知ってゆく過程ですら、楽しくて幸せで。
 触れていたいと願う心は同じなのに、それは完全には重ならないのが悔しくて。

 宥めるように癒すように撫でる手のひらの感触に、ぎゅっと目を閉じる。
 どきどきばくばくしている心臓の音、ひょっとしなくても聞こえてるんじゃなかろうか。
 縋るように快斗のシャツに手を伸ばして、震える声で俺は囁く。

「…Trick or Treat…?」

 零れた微笑みは何を意味しているのか、考えるアタマももう働かない。
 けれども、そっと重ねられた唇の意味が『Trick』なのか『Treat』なのかは…俺と、快斗だけが知っていればいい事だったから。
 ハロウィンの呪文は、何かを変えたのかも知れなかったし、何も変わらなかったのかも知れない。
 この夜の先は、だから、二人だけの秘密。



2005.10.22.

H O M E *