close [ 2004年クリスマス記念SS ]



 ぱたん、とドアが閉まる音が静かな空間に響いた。
 ああまたやってしまった、と瞬時に巻き起こる後悔は、相当の頻度で訪れるという面では酷く慣れたものではあったが、やはりその度に胸を締め付ける苦しさとどうしようもない後味の悪さからすれば二度と味わいたくない種類のものだ。
 尤も、その度にそう思いながら繰り返すのだからやっぱり人間と言うのはうまくない。学習能力は人様の数倍あるつもりだが、それでもやはりよろしくない。
 はあ、と吐き出す息は溜息という名前だったか、と働きの悪い頭を振って考えてみる。
 今日の日付は12月25日。クリスマス。
 本来ならば、会う約束をしたのは昨日だった。けれど新一はそれを『事件』の一言でドタキャンし、苦笑しながら許してくれた恋人は今日への繰越を許してくれて。
 なのに、いざ会ってみると世間様からは一日遅れになるけど本当は今日が本番だしね、とこちらに心配をかけまいと笑い振舞う彼の言動を無意味に深読みして、勝手に拗ねた自分はもはや恒例行事のように彼に食って掛かった。
 大嫌い。顔も見たくない。二度と来るな。
 いくつも幾つも嫌な言葉を投げかけて、その度にポーカーフェイスの笑顔の下で刃がやわらかい心をさっくりと抉っている事を知っているのに。知っていたはずなのに。
 やっぱり今夜も恒例と化したそんな言葉を投げつけて、自分は彼を追い出した。はあはあと息を切らしていた間は怒りで何も見えなくなると思ったのに、彼が静かに玄関のドアを閉じた瞬間に冷めるなんてあんまりだ。
 いつもいつも、間違える。
 そうやって痛みばかり与え合って、何もこの手にも彼の手にも残らないんじゃないかと思うと恐怖と寒気で何も出来なくなる。
 零れ落ちる涙は悲しみでも寂しさでもなんでもない、きっと悔しさと絶望故だ。
 愛してるのも好きなのも、心配しているのも独占したいのもすべて間違えようもなく自分自身の心が紡いだ現実なのに、実際に口をついて出るのは悪態ばかり。
 どうしてこんな事しか言えないんだろうと後で悲しみにくれても、やっぱり彼に会えば照れくさくて、動揺して、同じように酷い言葉を投げつけている。
 心の言葉だけは疑わないで、と願う想いが通じているのかどうか、その度に彼はごめんね、と彼はちっとも悪くないのに謝ってくれて、またそれが情けなくて。
 彼を傷つける事しかできないのに。
 それでも別れるなんて論外で。
 いつか愛想を尽かされる、と周りの皆は口々に言うし、自分でもそう思うのに。
 その時が来たらごめんなさい、捨てないでとみっともなく泣いて縋ることさえしかねないのに。
 今現実に、この良く回る口から零れ出た言葉は相当酷いもので、ごめんねと告げた彼がポーカーフェイスすら取り落としかけた悲しそうな笑顔で退去を告げたのに引き止める事すら出来なかった。
 かちかちと正確に時を刻む時計は、気付いてみれば彼が工藤邸を後にしてから既に三十分近く経過している事実を示している。時間感覚の喪失に驚きながらも、それくらい苦しい事を何度も繰り返している自分の愚かさが、苦い。
「馬鹿じゃねえの…俺」
 ぎゅっ、とポケットの上から握り締めた、綺麗にラッピングされた小さな箱。
 彼に似合う、と思って買い求めた、品の良いプラチナのタイピン。ああ渡し損ねた、と思った瞬間、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。
 好きで好きで大好きでどうしようもなくて、些細な我が儘などいくらでも聞いてくれる恋人。それに自分が甘えている自覚は十二分にあって、けれど甘やかされるばかりの自分が悔しくて。
 彼に向ける裏返しの愛情は棘だらけで、相手に伝わる前に彼を傷だらけにしている気がする。
 困ったように笑う顔が、もうディフォルトになりかけている事実に愕然としながら、ぼろぼろと泣いてかなり酷い顔になった新一はぐい、と荒っぽく袖口でそれを拭う。後から後から零れてくる涙には焼け石に水だったけれど、それでも気合は必要だ。
 ぱたり、と静かに閉まったドア。
 相手は一筋縄ではいかない相手だから、今から追っても追いつけるかどうかなんてわからないけれど。
 震える指先でドアノブを掴む。
 ひやりとした感触に怖気づきそうになりながらも、がちゃりとそれを回してドアを開けた。
 躊躇うな、と自分に言い聞かせて、新一は靴も履かずに外へと飛び出した。
 彼は何処に行ったんだろう?隣家?それとも自宅?ひょっとしたら彼の幼馴染のところ?
 嫌な想像にじわりと浮かぶ新しい涙は故意に見ないふりをして、玄関のドアに鍵をかけるのも忘れて駆け出す。門扉の前で靴を履いていない事には気付いたが、そんな事はどうでもいい気がした。
「…っ、快斗っ!!」
 家の前の通りまで出てどっちに行った、と左右に首を巡らせて、ぎょっと固まった。
 だって、そこに。
 ちょうど表札の下の辺りに座り込んで、びっくりしたようにこちらを見るか彼の姿を見つけたから。
「か…いと?」
「えと…しんいち、どうしたの?」
 室内仕様のままの新一と違ってコートとマフラー、手袋のフル装備だが、それでもめっきり冷え込んだ昨今の夜更けに座り込むだなんて論外だ。しかも三十分で済んだからいいようなものの、多分コイツは一晩中ここに居るつもりだったのだろう。
「なんで…そんな。俺、オマエを追い出したのに」
「うん。なんでだろうなあ」
 外気に冷えた白い頬で、どこまでも優しい彼はにこりと笑う。
「少しでも傍にいたくて」
 それだけでも許してよ、と弱弱しく笑う彼に驚愕で止まっていた涙が再び溢れ出す。こんなに涙腺が弱かっただろうか、と思って硬直しているうちに、座り込んでいた彼がその涙に驚いたのかわあどうしたの、何か気に障る事言った!?とか見当違いの方向に心配を始めたりして。
 大好き。愛してる。言葉に出来ないくらいの想いは、心の全てを占めている。
「かいと」
 びくびくしながらこちらの出方を伺っていた快斗の、冷えて白い頬に手を伸ばす。ぴくり、と一瞬震えたそれは温度差の所為だと誤魔化しながら、言いたくて言えなくて何度も苦しい思いをしていた一言を吐き出した。
「…ごめんなさい」
 ぎゅっと抱きついて、快斗の肩に頬を埋める。
 後は嫌いにならないで、とか素直じゃなくてごめんなさい、だとか悪いのは俺の方なんだ、とか、支離滅裂な謝罪を一方的にまくし立て。
 ひたすらにわんわんと泣きまくった挙句、これ以上ないほど困惑した快斗にとりあえず家に、と促されて。
 気付いたら快斗の服の裾をぎゅっと握り締めたままリビングのソファの上で快斗に宥められていた。自己嫌悪。
「えと…落ち着いた?」
「…ん」
 困ったように眉を下げてこちらを伺う快斗の腕を掴んで、今夜を逃したらきっと言えない気がする言葉を告げる。
「ごめん、なさ…っ、嫌いなんて嘘で、ほんと、は、大好きっ…!」
 びっくりしたように硬直する快斗に、ああ俺って信用がねえんだなと自嘲にも似た思いを抱く。まあこれも普段の行いの悪さが原因なわけで、仕方がないので必死でどれだけ自分が彼を愛しているのかを途切れ途切れの嗚咽交じりで必死で告げる。
 新一の拙い謝罪と、相槌を打つ快斗の声を僅かに混ぜて、居間の柱時計が日付変更を告げる音を鳴らす。
 クリスマスをやり直そうか、と告げる快斗の言葉に何度も何度も頷いて。
 一日遅れのクリスマスだけど、少しはロマンティックな魔法の効力が残っているといいと願いながら。
 新一は、寄せられる快斗の唇にそっと眼を閉じた。



2005.01.08.

H O M E *