chase second [ 快斗さんの誕生日記念小噺 ]


 夜空を彷徨うサーチライト。
 煩いほどのヘリの爆音と、狂乱じみた野次馬の歓声。怒号が飛び交う中、警察が警備員が報道陣があちこちを駆けずり回っている。
 まるでお祭りのような馬鹿騒ぎの中、白を纏った怪盗はふわりと中継地点の屋上へと舞い降りた。
「…よう」
「これはこれは、名探偵」
 どういう手段を使ってか、先回りしていたらしき声の主は怪盗も良く知る人物のもの。
 青い双眸は夜にも鮮やかに、真っ直ぐに怪盗を見据えてくる。
「貴方がいらしていたとは存じ上げませんでした。今日は不参加だったのでは?」
「警備計画にはな。オメーの逮捕まで諦めたわけじゃない」
 たったひとり月下の怪盗紳士を追い詰め、その手腕を以って『日本警察の救世主』の看板を背負う名探偵、工藤新一。
 不敵な笑みを浮かべ、闇に融けるようにまたたったひとり浮かび上がるように佇む名探偵は、喉を鳴らして怪盗を睨みつけた。
「今夜こそ観念してもらうぜ…KID」
「そうは参りません、私はまだ捕まるわけにはいかないものですから」
 怪盗がトランプ銃を抜き出すのと、探偵がモデルガンらしきものを構えるのはほぼ同時。
 探偵の足元にクラブの8が刺さり、怪盗の脇をプラスチック弾がすり抜ける。
「…物騒なものをお持ちですね、名探偵」
「心配しなくてもただの麻酔銃だ。安心して当たれ」
「って名探偵、それ十分物騒…」
「テメーにはそれぐらいしねぇと通用しないだろうが!」

 わあ本気だぁ。

 内心冷や汗を垂らしつつ、無敵のポーカーフェイスを誇る怪盗はにっこりと微笑んでご遠慮申し上げます、と距離を取る。
 大体、この探偵ときたら無茶苦茶にも程がある。
 基本的に熱血直情型の中森警部や自分に酔って詰めの甘い白馬と異なり、あくまで冷静に理知的に、けれども明らかに無茶苦茶をやらかしてくる辺りが非常に性質が悪い。
 彼にとっての目的を達成する為には手段を選ぶ事無く、ただひたすらその出来の良い頭と周囲の環境と、使えるものは全て使ってこちらを追い詰める手管は正直心臓によろしくない。
 かの探偵の誕生日にもう少しで素敵にスピードの乗ったスチール缶の一撃を食らいそうになった過去も記憶に新しい。
 コンクリートの壁にスチール缶がめり込む非常識な光景を見てしまった怪盗は、どんなに油断していてもこの探偵の足だけは食らっちゃならんと心に刻み込んだ。
 基本的に、この非常に怖くて綺麗な名探偵との追いかけっこは、楽しい。
 心底楽しいが、同時に心底恐ろしい。
 スリルとサスペンスとラブロマンスがお腹いっぱい味わえる状況はお得なんだかそうでないんだか、正直悩むところではあるのだが。
 油断ならない様子で麻酔銃を此方に向け、ぎりぎりと睨みつけてくる工藤は今日も素敵に美人さんだ。こんな状況でなければ眼福なのだが、逆にこんな猫の剥がれ落ちた探偵はこんな状況でなければお目にかかれないジレンマ。
 どさくさ紛れに触れた頬の感触は柔らかくて、あれはシアワセだったなあと何度も反芻した過去もあったりする。
『とはいっても、このめーたんてーがそう簡単に二度目を許してくれそうにはないけどなー…』
 怪盗KIDこと黒羽快斗は名探偵・工藤新一が大好きだ。
 そりゃあもう顔を見ただけでどきどきして、声を聞けただけでめろめろになるほどに大好きだ。
 だからこそ、先日は少々姑息な手段を使ってでも彼の誕生日を一番にお祝いするという暴挙に出たのだが。
『この様子からすっと…中身も見ずに捨てられたとか…?』
 マジックに誤魔化して、彼の元に置いて来た小さなケーキ。
 暗号に些細な告白を印してあったそれを、目の前の凶悪な探偵が認識しているとは到底思えない。哀れゴミ箱に消えたと思しき手製のケーキにがっくりと内心肩を落としながら、怪盗は適度に距離を保って最愛の名探偵に向けて今夜の獲物を放った。
 わわ、と小さく慌てた声を上げながら、確かに探偵がそれをキャッチするのを見届ける。返却完了、とシルクハットを目深に被ったまま優雅に一礼をしかけたところで…

 くらり。

「え…?」
 唐突に、意識が遠のく。瞼の上と下が異様に仲良くなるのを自覚して、思わず顔に手を当てる。手袋の少し冷たい感触でさえ眠気を覚ますものにはならず、かくりとその場に膝を折った怪盗の鼓膜に響くのは、何処か嬉しそうな探偵の声。
「よっしゃあ!!成功!!」

 は?何、めーたんてー?何言ってるの?
 なんでこんなにオレ眠いわけ?

 ぐるぐると渦巻く疑問と、どうやら失態をやらかしてしまった事実に愕然としながら。
 怪盗KIDは、その場にぱたりと倒れこんだのだった。



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「ええと」
 ぎゅむー。
「その…めーたんてー?」
 むぎゅ、ぎゅー。
「ひとつ…お聞きしても宜しいですか?」
「なんだ」
「あのう…どうして私はめーたんてーにぎゅーっとされているのですか…?」
 そう、現在怪盗KIDの身体は、名探偵にぎゅーぎゅーに抱きしめられている。丁度頭を抱きこまれる形に収まった状態に嬉しいながらも困惑しながら、問い掛けた怪盗の言葉に返る名探偵の言葉は簡潔だった。
「したいから」
「…そ、そうですか…ってそうじゃないでしょめーたんてー」
「なんだよオマエは嫌なのか」
「いや嫌とかそうでないとかそーゆーことでなく」

 何でしょうこの状況。
 いや正直あったかいし柔らかいし個人的にはシアワセなんですけどね?
 とゆーかそれ以前に名探偵の意図は何処に!?

 ポーカーフェイスをうっかり取り落とし、顔を白黒させる怪盗の様子を知ってか知らずか、後頭部を胸に収める形で怪盗をぎゅーぎゅーに抱きしめている名探偵。 なんだか少し不機嫌そうなのが恐ろしいが、むぎゅーっとされている事実自体は喜ばしい。ぺったりと後頭部に頬を擦り付けんばかりの状況は正しくおいしいのだが、何故このような事態になっているのだろうか。
 はて、と困りきった怪盗がきょろりと辺りを伺えば、それは怪盗が倒れた場所と寸分違わぬビルの屋上。星の位置も月の位置もさほど変わっていないから、時間的にもそう大して経過してはいないはず。
 けれど、怪盗に許された詮索はそこまでだった。振りほどけないわけではないがなんだか全力でぎゅむっと抱きついている名探偵の腕は逮捕とかそういう理由ではないようだし。怪盗にしてもおいしい状況下で、この手を払い除けるのはちょっと躊躇われる。
 はてどうしたものか、と困り果てていると、眉間に皺を寄せた非常に不機嫌な様子の探偵は押し殺したような声で呟いた。
「だって、白馬が…」
「…はくば?」
 あの、首都東都で鷹を連れ歩く勘違いコスプレ探偵が、何だって?
 疑問符をそこらじゅうに飛ばしながら、首を傾げる怪盗の様子にかっとなったらしい探偵が小さく叫ぶ。
「アイツが!俺はオマエの事何も知らないとか言うから!!」
「…はあ!?」
 冗談じゃない、誰があんな自己陶酔勘違い探偵に負けていると?!
 オマエを追いかけるのも捕まえるのも俺一人でいいんだよ!!あんなのは論外だろ!?
 更に抱きしめる腕を強くしながら、拗ねたように叫ぶ探偵に思わずかっくりと顎を落としても自分に落ち度はないよなあ、と怪盗は少し遠い目をする。
 なるほど、どうして警備計画に参加しなかったかと思えば…会いたくなかったんだな、白馬に。
「そっちこそ何も知らないくせに知ったかぶった面しやがって!」
「ああそうですねえ…」
「遠まわしに引っ込んでろみたいな事、中森警部ならともかくアイツから言われる筋合いはねえっつーの!」
「…はい」
「俺はその他大勢の誰かさんと違ってちゃんとKIDに誕生日祝ってもらったのにーっ!!」
 って。
「ちょ、ちょっと待って名探偵!?」
 今物凄く聞き流せない一言聞いた気がするんですけど!
 不機嫌そうにむすっと怪盗の言葉を流そうとした探偵だが、ふと己の言葉を反芻してぴたりと動きを止める。のみならず表情も凍りつき、次いで面白いぐらいに見事に顔を赤く染めて更に怪盗を抱きしめる腕を強く巻き付ける。
 そろそろ苦しいなあと思いながらも、あんまりその様子が可愛いので跳ね除けるという選択肢は放り投げて久しい怪盗はおそるおそる訪ねてみる。
「…その、名探偵。ひょっとして…アレちゃんと受け取って貰えたの?」
「あ、う…それは」
「という事は…ちゃんと読んでくれたんだよね!?」
「それは…その、」
「何なら俺これからもう一回言うからさ!返事聞かせてもらったりとか出来る!?」
 ウッカリとKIDのムカつくほど丁寧な口調を取り落とし、モノクル以外は黒羽快斗そのものでまくしたてる怪盗。
 テンションが上がりまくっている怪盗は、もはや言い訳できないほど真っ赤になった名探偵共々奇妙なぴんくい空気をあたりに漂わせていた。
 こほん、とひとつ咳払いをして、ぎゅうぎゅうに怪盗を抱きしめる探偵の腕を取ってやわらかに外して。
 ぎゅっとそれを握り返し、真っ直ぐに探偵の青い双眸を見つめて怪盗は囁く。
「怪盗KIDこと黒羽快斗は、名探偵・工藤新一が大好きです」
「お、俺は…」
 かああ、と更に顔中を真っ赤にしてぎゅっと目を閉じた探偵の手は、握った怪盗の手を振り払うでもなく、また咄嗟に出てしまう事が多い黄金の右足も大人しくぺたりと座り込んだまま。
 ああ、とかうう、とか唸るような言葉に困ったような声が漏れる中根気良く相手を見つめる怪盗の視線に耐えかねたように、とうとう目を瞑ったまま小さく呟いた。
「そ、んなの…今更なんだからな…!」
 工藤新一が黒羽快斗こと怪盗KIDが大好きだなんてこと、それこそ今更。
 そうでなければ、わざわざ己の誕生日に祝って欲しくて相手を追い掛け回すなんて、そんな事するもんか。
 ぼそぼそと途切れがちながらもそう告げる名探偵に、ああ、あの日異様に諦めが悪く何時までも追いかけてくれたのはそーゆー理由があったのか…と感慨にふける怪盗。
 夜空に彷徨っていたサーチライトもヘリの爆音も消えて久しく、ただただ静かな月光だけが落ちるビルの屋上。
 真っ赤になって顔を伏せ、黙りこくった新一の頬に手袋を外した素手を滑らせ、ゆっくりと上を向かせて、小さく告げる。
「…じゃあ、俺のも祝って?」
 もう今日だから、名探偵が祝って?
 ふわりと笑みを浮かべて探偵の手を取り、その手の甲に口付けながら促すように視線を上げると、その上目遣いの眼差しに真っ赤になった探偵の顔。
 あくあくと口を開閉して、挙動不審に視線を惑わせて、けれども手を撥ね退けるでもなく抵抗をするでもなく大人しく座り込んだままの探偵は、やがて意を決したようにぎゅっと唇を引き結び、伸ばした腕の中に再び怪盗の頭を抱きこんで、その額に触れるだけのキスを落とす。
 手管も何もあったものじゃない、けれどもふんわりと優しくあまい感触とおめでとうの言葉に相好を崩して。
 怪盗はその白い腕いっぱいに、真っ赤になった探偵を抱きすくめるのだった。


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「…ところでめーたんてー、俺なんで気ィ失ってたワケ?」
 当たらなかったよなー麻酔弾。
「ああそれなー」
 発射される銃弾そのものはダミーで、本命は噴霧型の霧状麻酔!新型だ!
「…めーたんてー」
「何だよ」
 この人本当に紙一重だなあ…と思いながらも、なんだか自信満々な様子が格好良く尚且つとびきり可愛かったので何も言えぬまま。
 なんとなくくるりとした綺麗なラインの後頭部を撫でてやりながら、考えるのはそんなトコも大好きだなんて相当末期なのだが。
「…白馬の奴には、相応に礼をしなくちゃね」
「礼…」
 何の、と言い掛けて、新一もその含まれた語彙に気付いたらしい。
 ニヤリ、と悪い笑みを浮かべて顔を見合わせた二人は、何気なく手を繋いだまま、『白馬探にどのように礼を返してやるか』を語りながら仲良く家路を辿ったのだった。

 この後のコスプレ探偵の辿る道については…知らないほうがシアワセなのかも知れなかった。



2005.06.21.

H O M E *