凍えないように
例えば、私に力があったとして。
その理由があるのなら、私は。
貴方が凍えることがないように。
貴方が、寂しくないように。
貴方を誰も傷つけることなどないように。
貴方が…誰のものにもならないように。
鍵をかけて網を張って、何処にも行かないように誰も触れないように。
大切に、大切に守るけれど。
決して貴方がそれを受け入れないであろうことも。
もう、多分。
理解しているのです。
「辰羅川君は優しい人っすね」
相変わらず邪気のない笑顔を惜しげもなくこちらに向けて、未だ少年らしさが抜けない声で子津は告げた。
その言葉に、例え一筋でもこちらが望むような色があったなら、何も躊躇いはしないのだけれど。
「そう…ですか?」
ずり落ちた眼鏡を押し上げる仕草は、何時の間にか癖になっていた。
実際の処レンズが皮脂で汚れるから良くないとはわかっていても癖になってしまったものはそうそう抜けない。
「そうっすよ!」
やけに力強く子津は断言する。
する、けれども…そうでないことは、残念ながら自分が良く知っていた。
優しくなんて、あれるはずがない。
自分で精一杯の人間に、他人のことまで思いやれる余裕などあるはずもない。
ただその飛び火がこちらまでこないように、巧みに己から彼らの視線を逸らしているに過ぎないのに。
子津は、優しいとそう言う。
「優しいのは…君でしょうに」
ぽそり、と唇にすら乗せなかった言葉は子津にも聞き取れなかったようで、何かと首をかしげたのでなんでもないと手を振ってみせた。
誰のことも本気で心配して、からかわれれば本気で怒って。喜怒哀楽がとても忠実で。
その笑顔がとてもとても眩しかったから、笑ったままでいればいいとそう思うのに。
結局彼の笑顔をきちんと守れた試しなどなくて、彼は彼の力で再び這い上がって笑う。
努力家、という一言では片付けられない一途なほどの情熱が、穏やかな人格の中に密かにあることを知っている。
「私は…優しくなんてありませんよ。
上辺を繕ってそれらしく見せているだけです」
下げた通学鞄を持ち直しながら、辰羅川は再び眼鏡を押し上げる。
フレームに触れた指先が、ほんの少し冷たさを伝えた。
「そう…ですか…?」
首をわずかに傾げて見せて、子津は納得できない、と言った様子でぶつぶつと何か言っている。
「…そうですよ」
優しくなんて、なれない。
貴方以外の人間に、心から優しくなんて、きっと不可能だ。
けれど誰にも優しい貴方の側ならば、いつか自分もそうあれるだろうか?
それを、貴方は望んでくれるでしょうか?
「…でも」
ふと、笑って少し早足で先を行っていた子津が振り返る。
逆光で表情は良くわからなかったけれど、その声が笑みを帯びていた。
「辰羅川君は、僕には優しいっすよね?」
驚いたように目を見開いて、次いで負けたというように辰羅川は深く息を付く。
にこにこと笑う子津に追いついて、苦笑交じりに一言告げる。
「…そう、ですね…」
べ、ベタ甘…!(切腹)
すげえよ!凄まじく甘いよコレ!
そうか…辰子で書くとこんなスゴイモノが書けるのか…新発見(笑)
でもあまりの甘さにそう多発できるモンでもねぇなと思ってみたりして
2002.04.30. Erika Kuga