Days
昨日の続きの今日。
今日の続きの明日。
ずっとずっと、続いていくはずの変わらない日々。
その、はずだったのに。
「…ぜってぇ、オカシイ」
肩にもたれた、日に透けると少し金がかかったような銀髪を見つめながら、猿野ははあ、と溜息を落とした。
事の始まりは何だったろう。よく覚えてない。
喧嘩は、もう日常だった。
流石に殴り合うような事はキャプテンにこっぴどく叱られた上に二度と現世に戻ってこれないんじゃないかと一瞬危惧するような目にあってからはしなくなったが。
(コレに関しては記憶があやふやなのが余計に怖い)
ただ、何時の頃からか。
触れる肌の、体温が心地よい事。
時折、心が通うような意見の一致が酷く嬉しい事。
たくさんのいがみ合いの中から、ほんの少しづつ近づいていって、触れられる位置まで来た時に双方にあった欲求はただひとつ。
もっと。
もっと、近くに。
流石のヘタレと鈍感(言っとくけど自分で認めたわけじゃねえ!)でも、気付かずにはいられないほどに。
欲しい、と。
この腕も胸も髪も瞳も肉の、骨の一欠けらでさえも全て。
己のものだと烙印を押付けたい狂おしいほどの想い。
もう、コレは火傷みたいな恋ですらなかった。自覚していた。
これは「愛」だ。
ドロドロに汚くてみっともなくて、けれどボロボロになるまで手放す事のできない、どうしようもない最強の感情だ。
こんなもので身を滅ぼすヤツなんていくらでも知っていた。
でも、もう、遅い。
「おい、犬」
返事は返って来ない。期待もしてない。
けれど言葉にすることが必要な言葉だったから、少し低い声で紡ぎ出す。
「…きっと、『好き』なんて甘ったるい言葉よりは『嫌い』の方が俺は強いんだ」
ギリギリの領域で。
まるで食い合うようなそれは滑稽なほどに互いしか必要としていなくて。
まるで狂おしい恋のようだといつか思った。
茶番だ。
『まるで』じゃない。『そのもの』だ。
寝息が首筋を擽る。その不快ではないぞくりと背を駆け上がる何か。
気付いていない振りはとっくに諦めた。
「だって、その方がきっと、強い感情だろ…?」
『その他に何もいらない』と思えるような感情は、多分人間として間違っている。
辰や子津辺りはもっと欲しがっていいんだと呆れ混じりに呟くだろう。けれど。
けれど、この犬は。
いつでもきっと否定はしない。
「オマエは」
覗き込む顔は端正な造りをしていて、日に焼けた浅黒い肌と銀色の髪のコントラストがいつもながら不思議だった。
ただ、その瞳、強い意志を湛えた夕日の色のそれが閉じられていることで作り物めいた感触は拭い難く、それが不満でそっとその頬に手のひらを寄せた。
暖かい、その体温を確かめるみたいに。
「オマエは…どうしたい?」
これ以上、進むことも戻ることもできない。
だったらこの場でできる何かをするしかない。
その意味も位置も見つけるのは、二人だったらきっと容易い。
「なあ…冥?」
滅多に呼ばない不思議な響きの犬飼の名を口にしてみて、たったそれだけの事実に照れて頬に熱を持つ己を嘲った。
薄く自嘲して頬に添えた手のひらを剥がそうとして、その手を握るものに気付く。
「何が言いたいんだよ、とりあえず」
「起きて…たのかよ?」
いや、さっき目が覚めた、と背筋を伸ばす姿をぼんやりと見据えながら、猿野は握られたままの手のひらに熱が収束していくことを感じていた。
うっすらと汗ばんだそこから、どうしようもない熱と鼓動が伝わらねば良い、と祈りながら。
「…バカがバカなりに悩んだって仕様が無いだろ、猿の分際で」
「…うっせえ、駄犬」
絡めた手のひら、指先まで辿るように唇を這わせながら、犬飼は喉の奥で笑う。
野生動物みたいな仕草にずきりと何かが疼いて、思わず息を止めてしまう。
…このまま。
叶わないはずの願いであっても、無理矢理にでも。
事実としてここにあればいいのに。
「嫌じゃ、ねえんだ。きっと」
右手をされるがままに預けながら、猿野は空を見上げ呟いた。
答えはとっくに出ている。そこから新しい方程式を見つけるのは、見つけられるのは自分だけなんだ。
爪先まで満たされた何かに後押しされるように、絡めた腕を辿りそのまま唇を合わせる。
触れるだけのそれは乾いていて、柔らかさと少し荒れた感触だけを残して離れた。
何も、この程度の接触で何も変わりはしないだろう。
だったら。
「変わるまで…すりゃあいいんだよ。猿の分際で難しく考えるな」
「…本気で本能的に行動しやがる犬だな、テメエは」
溜息。何度目だろう。
それでも嫌じゃない。そんなもので測ってはいけないことはわかっているけれど。
触れる指も唇も体温もなにもかも。それらの感触すべてが。
「嫌いじゃ、ない」
多分、許すというのは。否赦すというのは、こういうことだ。
相手の何もかも一緒くたに、自分の中に取り込んでしまうことだ。
きっとそれでも痛いのは、その奥で個として存在することを望むからだ。
でも痛んでも傷ついても血を流してもきっと。
「俺たちは…互いを選ぶから」
絡み合う視線が無性に可笑しくて二人顔を見合わせて笑った。
続いていく昨日と今日と明日、けれどわずかづつではあれど変化してゆく時間の中で。
空気に絡む匂いは夏のそれをかすかに纏う。
己らの季節の到来を示していた。
犬猿。かなり『あだるとちっく』を狙ってみたのに激しく玉砕。
あーそーデスかー。玖珂さんには所詮大人の匂いは無理ってことなんですねー(ヤサグレ)
気がついて見れば痛いんだかハッピーエンドなんだかよーわからん話に。
結局、犬猿のイメージってなこんな感じです。二人とも余裕がないのに余裕をもてない相手を選んじゃって、けどもう取り返しはつかない。
幸せになるのにえっらい苦労するのは目に見えてるけれども、互い以外と幸せになんてなりたくないんでしょう。
…するとアレか?やはり犬のヘタレ脱却にすべてがかかってるのか?
2002.05.27. Erika Kuga