ordinary day's

01.

 机上に積み重なる幾枚もの書類。クリップやファイルで綴じられた厚みも相当にあるものがほとんどのそれが、更に大量に積み重なった事で夥しい重量感を覚える光景だが、幸か不幸かこの机の持ち主とこの部屋に出入りする人間にとっては既に日常の一部であり、慣れきってしまっていた。
 その机に向かうのは、東海道新幹線の名を持つ高速鉄道。彼自身の業務に関わる書類だけではなく、その背に負ったJRの名を冠する様々な書類が彼の元に集まってくる。
 基本他社の報告書類は目を通して判を押すだけだが、自社の書類となればそうもいかない。必要とされているのは回覧ではなく決裁であり、一枚片付けるにも気を使う。
 自然眉根を寄せ、厳しい表情でそれに向かうのが東海道の常であったのだが、今日はほんの少しだけそれが緩んでいる。机上に広げられた書類には、常の文字と僅かにグラフが埋め尽くす無機質な物とは異なり、黄色くてまるっこい大小のひよこが二羽描かれている。そして、もう諳んじて何も見ずに描ける己の所属する会社の在来線路線図。
「……ようやく、だな」
 ぽつり、と呟いた声がとても柔らかかった事を、他に聞く者があったなら驚愕と共に見つめただろう。けれど今この部屋には自分以外の誰もおらず、故に自覚する事も無く東海道はそっと、慎重な手つきで自身の承認印を書類の隅に捺印する。
 朱肉の綺麗な朱も鮮やかな【東海道】の印。隣には良く似た、けれど少しだけ字体が異なる弟の印が押されている。これで現場の承認は終了で、あとは東海道が上層部へと提出すればこの書類に記された計画は実現に向けて動き出すだろう。
 着実に、一歩ずつでも先へと。
 無限の成長への可能性を込めて、ひよこの形を模した彼らの目に見える成果に目を細めつつ、東海道は手にした書類を決裁済みの書類の上にそっと重ねる。
 きっとあいつらも喜ぶだろうな、と普段あまり会う事もなければ会話をする事もない部下たちの顔を思い浮かべれば、心持ちではあるけれどすべらせるペンの速度も上がろうというもの。
 きっと自分は彼らに口煩い上司だと疎まれているのだろうけれど、自分にとっては皆等しく可愛い部下だ。彼らが喜べば自分も嬉しい。
 最初の頃こそ慌てふためくしかなかったひよこの温もりにも随分と慣れた己はさほど嫌いではない。
 なるべく早くこの書類は上に回そう、と滅多に挟まない私情を心に過らせながら、東海道は未だ山を形成している書類へと心持ちも新たに向き直った。



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2010.05.25.(再録)

09年5月無料配布本「ordinary day's」(ひよこ狂想曲番外編)